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勝利の女神:NIKKE 稗史:果てなき旅路 外伝 Love negotiator(2)
ベストを尽くしてみると、あなたの人生にも他人の人生にも思いがけない奇跡が起こるかもしれません。
「この子、耳が聞こえてないみたい」
「なるほど、聾唖者ということかね?」
モモはハッとして、過去の資料を漁り始めた。
「何か思いついたかの?」
「師匠、昔イレギュラーで処分されたニケの頭部をキックスターター代わりだって言ってエンデが持って帰ってきたじゃない? その子も確か意思疎通がはかれないからってそのあたりを思い出したの!」
「ああ、もうひとつのヘレティックボディにくっつけて叩き起こしたらそのまま脱走しおったヤツじゃな?」
「そう、それそれ! イレギュラー化したニケの生前のデータとかあるかなーって」
「論理が飛躍しとらんかの?」
「うっ!?」
「それに第二次地上奪還戦から少し経った頃のじゃぞ? 廃棄済みでは?」
「行政上はそうかもだけど、エニックなんかは持ってるかもしれないし」
無論、モモはエニックと直接対話出来る権限など持っていない。なので、AIの管理下にある検索システムに片っ端からアクセスして該当しそうな人物なりニケなりを探し始めたのだ。
数日後、とあるロイヤルの家族がタズネビトというマイナーなSNSにベビーシッターの依頼記事を掲載したのと、官報にとある犬のペット申請に対する許可が掲載された。この期間は第二次地上奪還戦の前後に行われているのを確認したモモはこの三者を結びつけた。
「こじつけも甚だしくないかの?」
流石に強引すぎるのでニャンニャンは訝しんでいる。
モモはホワイトボードに熱っぽく展開を書いて説明していった。
「これは多分関係性大アリだよ。ペットはロイヤル層くらいしか飼えないからこういうのは記録に残りやすい。で、なんで飼うかまで公表してるんだけど、理由は子供の遊び相手なんだ。ベビーシッターまで雇っているのに何故かな?」
「ベビーシッターが辞めた?」
「きっとそうね。実際、ある人の足取りも調べたら二、三日で辞めてたし、家の人は数年間も募集しては辞められてを繰り返してる。最後にニケのデータなんだけど、有難いことにこれは企業にまだデータ残ってたよ。その子は十歳でニケにされてる、家族の依頼で」
「病気の治療目的で?」
「そう! 訴えられたら困るから保存期間がすごく長いんだろうね。その子は聴覚障害と視覚障害を患っていたみたい」
「奇跡の人、みたいじゃな」
「アレは先生の方なんだよ? ともかく、点の集まりが一本の線に繋がっちゃった」
「その話にオチがついたのは良いかもしれんが、今はコイツの話が先じゃろ?」
ニャンニャンはじっと目がすわったままのニケを指差す。
「耳が聞こえないってことは、相手の話がわからないってことだよ」
「筆談、というか視覚データで処理すれば良いのでは?」
「それは言葉というものが理解できている人の前提だよ。音や形に意味があるとわからなければコミュニケーションは非常に難しいんだから」
「つまり此奴は侵食データを書き込まれてはいるが、データそのものを全く理解できていないということかね?」
「ニケの脳には常識データとか入るから普通ならわかるはずなんだけど、この子は奇跡的に何もわかってないからこそ、完全な侵食を免れてる!」
「ほう、まさに馬の耳に念仏ということか」
「しかもこれはほとんど脳洗浄と同じなんだ。脳洗浄はNIMPHをフォーマットするのと同義で、脳を赤ん坊と同じにするんだから」
「なるほど、大前提をひっくり返すことで緒が見つかったの」
このニケの特殊な脳内事情を鑑みることで、NIMPHに巣食う侵食データを無力化する方法を多数考案することが出来たモモ達は、実践に移った。
「アイツはもうどうしようもないとして、他のやつの場合じゃと、常識データを改竄してラプチャー仕様にするんじゃろう」
「どうしようもないなんて諦めちゃダメだよ師匠! それにね」
モモはぷりぷりと怒りながら話を続ける。
「それだと人格変容についての説明がつかないんだよね。昔の侵食研究論文でも読めればいいんだけど」
「昔のを紐解いたとして今のと同一反応をするか疑問がないかの? 手っ取り早い方法があるぞよ」
「まさか……」
「地上で今まさに侵食されてるのを攫って来てやろうぞ」