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勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中 黒歴史 婢(はしため)と碑(いしぶみ)
12月26日実装の新年イベントでの設定変更に伴う短編です。本内容はnote版とは異なります。また、これを同人誌版本編に移植再編予定です。
これは持論だけどね
愛ほど歪んだ呪いはないよ
「今から七十年前に起こったゴッデスフォール事件、あの光景を忘れることは出来ませんよ、えぇ……」
第一次地上奪還戦以降、アーク市民はニケを憎みはじめた。人間達によるニケへの迫害は日に日に度を越したものとなり、如何に従順なニケ達も抗議活動やデモ行進などでその是正を訴え続けた。心ある人間達も擁護すべくデモに合流して、アークの分断は決定的となったのである。
そんなある日のことである。一基の地上用エレベーターに二百余名のニケが搭乗した。その多くは量産型モデルZXであったと言われる。彼女達はアークに三行半を突きつける形で地上への脱走を企てたのである。
軍事行動でもないのに大量のニケが地上用エレベーターに乗り込んだこの異変を察知した中央政府は、直ちにこの阻止を決意したが、それは軽率の誹りを受けても仕方がないものだった。何故なら、途中のルートを破壊し高度四千メートル地点で宙ぶらりんになったエレベーターがアーク最下部に落ちて大惨事を引き起こす事を考慮していなかったのだから。
どぉん、という鈍い爆発音が遠くで聞こえてきた。
「空砲?」
「花火大会の予行演習でしょうか?」
「おい、アレ見ろよ!?」
わたしはネイトさん達と四人でお買い物に出ていた時のことです。
あまりに音が遠かったので何事かと空を見上げた時、あの神々しい奇跡を目撃したのです……
GQWRAー01249というエレベーターは僅かな破片を残して、内側からの爆発によって消失した。中のニケ達が無辜の市民を救うためコアを自爆させたのである。
中央政府必死の情報統制にもかかわらず、定員オーバーで乗れなかったり直前で参加を取り止めたニケや目撃者がこの事件を拡散し続けた。
市民の間にも、自分の命を省みず人間に奉仕したニケは素晴らしいなどと曲解する論調が生まれたため、中央政府は方針を転換し、ひたすらこの事故を美化して有耶無耶にすることにした。無論、この時ちゃっかりと部隊編成の人数制限を設けるのだが。
多くのニケにとっては、ニケ人権の悪化に歯止めをかけ改善のきっかけともなったこの事件だが、道化師にとってこれは致命的な精神ダメージを負わせる事になる。
マーガレットは屋敷に全ての食客ニケを緊急招集した。この事件に激昂して暴走しかねないニケ達を慰撫せねばならないからだ。
「皆さん、起こってはならない事態に我々は直面しています。ですが、どうか冷静な対応をお願い致します。ここで対立を選択してしまっては、エレベーターで命を燃やし尽くした女神達の死に対してどう顔向け出来ましょうや!」
多くのニケ達はマーガレットの説諭を真摯に受け止め、静観するよう努めた。無論、この努力には相当な苦痛を伴う。
ルカ達はというと、それぞれに思うところがあったようだ。
「いずれ、この事件が人々の記憶から消えてしまわないように語り継がなければなりません」
プリンちゃんはきわめて冷静に決意を固めた。
「どうして!? どうして人間とかニケとか分けられなくちゃならないんだ!?」
ネイトさんは地面を叩いて慟哭している。
「ニケなんて、どうせこういうものなのよ……」
マチルダさんは諦観の境地に達していた。
そしてわたしは、マーガレット会長とケイト先生・スカー先生に不満をぶつけていたのです。
「どうして!? どうしてあのニケ達は死ななくちゃいけなかったんですか!?」
「弱いからだ」
ルカの絶叫に対して極めて冷酷に答えたのはスカーである。マーガレット達は流石に呆れたものの構わず話を続けた。
「いいかスタルカー。私の人間時代はな、元は奴隷だ」
「えっ!?」
腰に結えている邪悪な見た目のアフリカ投げナイフをスカーはチラつかせている。
「私は田舎の黒ンボのジャリに過ぎなかったがな、ある時イカれた宗教原理主義武装組織に攫われたんだ。その直後の話からしてやろうか?」
「お止めなさい!」
流石に年若いスタルカーに聴かせるべきではないとマーガレット達は制止した。
「まぁいい。そのあとラプチャーの侵攻が始まった。馬鹿なオスどもは官軍になれると擦り寄ったが、結局は全滅した。私も自動小銃持たされて最前線でドンパチさせられたが、自分を辱めた部隊長がラプチャーに喰われているところを見た時は最高だった。あいつなんて言ったと思う?」
ルカは答えられなかった。
「助けてくれ、だとさ。私は助けてやった、手榴弾のピンを抜いてラプチャーの口に投げ込んでな。あの夜は興奮してまんじりとも出来ずに盛りのついたゴリラみたいに(自主規制)しまくった。その後、アークの入り口に辿り着いた私はニケに志願した。豊富な戦闘経験が欲しかったのか、ニケに出来るメスが欲しかったのか知らないがあいつらは喜んで私みたいな根無草を受け入れたよ。そして私は手に入れた。透き通るような白い肌に長く美しい髪。アサルトライフルしか持ってなかった縮毛の薄汚いメスガキの理想型だ、笑えよ」
笑えるはずがなかった。ルカにとってスカーは恐怖の象徴そのものだった。ケイトのような優しさを微塵も見せることなく、ビシバシ扱かれた記憶しかない。
「政府のお偉いさんが次のパトロンだ。だが私は、そいつの目の前で自分の顔を切り裂いてやった。最高に気持ちよかった、クスリやセックスなんかよりもずっとな。台無しにされ続けてきたんだ。相手も台無しにしてやるのが私のアイデンティティになっていた」
スカーの鼻の上の疵痕は紅潮して今にも血が流れそうだった。
「もちろんそんな事をしたせいで傭兵暮らしになったが、いつ死ぬか分からなかった時より遥かにマシだったから耐えられた。そうして今がある」
「弱いと言えば、人間もです」
マーガレットが入れ替わりに話しはじめた。
「我々人類が不甲斐ないばかりに、彼女達二百名のニケを死に追いやってしまいました。そもそも……」
「我々はアークの入り口をゴッデス部隊に閉じさせました。その上で彼女達を追放したのです。あの中で一人でもアークで暴走を起こせば誰も止められません。それ以外に政治的な権力を得ようと思えばいくらでも手に入れられたでしょうから、そういうリスクを避けたかったのかもしれません」
この事実は老いた烈女において涙を流させていた。
「破廉恥な事を言っているのは重々承知しています。その上でニケに地上で戦って死んで来なさいなどと今も言い続けている人類は、愚かのひとことに尽きるでしょう」
「だがあんたみたいなお人好しはそうそういないぞ?」
「私の力はどうということはありません。政府から睨まれることもしばしばあります。けれども、どんな苦境にあっても諦めず、やらねばならぬことは意地でも通す。これが我が祖先から脈々と受け継がれた魂なのです」
「会長……」
ケイトが手招きする。
「ルカ、来て」
不安顔のルカをケイトが抱き寄せる。橙色の髪とシトラスの甘酸っぱい香水がとてもよく似合っていた。
「あなたは今、私から何を感じる?」
「ええと……すごく柔らかくて、いい匂いで、あったかくて、胸がドキドキしてます」
「そうよ。でも私たちは機械の身体を持っている。ニケを嫌う人達はモノに心が宿るわけがないとはなから決めつけているわ」
「そんなことない!」
「正解よ、ルカ。だって人間とニケには共通の臓器があるもの」
「そうか! 脳ですね!」
「私達の心は脳が生み出している。どんなにAIが進化したとしてもこれを模倣するのは難しいでしょうね」
「どうして分かり合えないんでしょうか?」
「不思議よね? アークには人種も宗教も言葉も歴史も渾然一体になっていると言うのに、人々はなにかを基準に差を設けて勝手に分断しようとしている。それはきっと未知への不安なのよ。だから気心の知れた者たち同士で群れて、それ以外を排除しようとする。人間の心ってそうだから難しいの」
確かに、相手の心を推しはかるのは難しいなとルカは思った。
「だけどね、ルカ。私達は弱いけどそれを乗り越える勇気がある。漫然と生きていても時間は流れ、未知なる明日に到達するわ。それが積み重なっていくことを不安を呼ぶのなら、私は迷わず立ち向かう。そうしたならばどんな結果になっても胸を張って言えるわ、後悔なんかしないって」
ケイトの眼差しはどこまでも真っ直ぐにルカの眼だけを見ていた。その翡翠の目はどこまでも瑞々しく輝いている。
「あなたはあの事件を最期まで見届けたのよね? どう感じたの?」
「とても、尊いものを感じた気がしました……」
「それが愛よ、無償の愛(アガペー)。ルカ、あなたはあなただけの愛の奇跡を見つけて、みんなの幸せを作ってあげて」
ケイトは笑顔になってルカの頭を撫でる。ライムライトのカツラ越しでも、母がしてくれたであろう優しい仕草を感じて胸がいっぱいになって、ひたすら泣いたのだった。
「ケイト先生はどこまでもひたむきに人とニケに向き合い続けました。彼女の愛そのものです。スカー先生も、マーガレット会長も、それぞれの人生観を培ってきたからこそ惜しげもなく私にそれを刻みつけてくれたのでしょう。歪んでしまったわたくしはと言えば、愛もまた歪な呪いの一種のように思えるのです。きっと正解なんてないのでしょう、えぇ」
一方、中央政府軍のニケ達にも変革の波が押し寄せていた。
「ハァ!? ニケの部隊編成人数変更じゃと!?」
抜群の指揮能力によって特異能力まで引き上げられるティアマトにとってこれは、自身の力を削ぐものに他ならなかった。
しばし押し黙ったあと、彼女は退役届のフォームに手を伸ばし始めた。
「ちょっ、大将!? 正気ですか?」
「軍で天下取るって言ってたじゃないすか!?」
腰巾着のミリィとノコも慌てているが意に介さない。
「これはウチへの露骨な退職勧告じゃあ。このまま軍におっても冷飯食わされてそのうち詰め腹切らされるんがオチよ。それより一旗あげて治外法権的に振る舞っとるロイヤルのババァんとこ乗っ取ってクーデターの方がまだマシじゃあ!」
しかし、ティアマトは訂正した。
「迂闊……ウチとアレそこまでトシ変わらんかったわ」
非合法的に軍閥を率いているニケはまだいる。参謀として辣腕を振るうアストリット陣営も対応に追われていた。伶俐なアイスブルーの瞳からの視線が書類の一言一句に注がれている。
「やれやれ。権力者は自己保身に余念がないらしい」
アストリットの股肱之臣である天下五剣が各々感想を言い始めた。
「指揮系統が細分化されすぎて命令が上手く行き届かない可能性があります、我が君」
軍警察時代から絶対零度のカミソリと称された才媛のジュワユーズは嘆く。
「ジュワユーズにそこまで言わせるとはな」
「私は無論どのような状況下でも上手く指揮してみせますが」
「義姉上、ティアマト殿が軍を抜けるそうですよ?」
天下五剣筆頭であるクルタナは人形のような小さな姿に似合わない巨大なスナイパーライフルを背負っている。異名は小さな巨人だ。
「まぁマシな展開だ。このまま叛逆するかと思ったがあれでまだまだ冷静なのだな」
「アネキは合流しないのかよ?」
無骨な竜騎兵であるドラグナーは疑問を呈する。ともに軍政を壟断していた英雄二人ではないかという感じなのだろう。
「アイツとは水と油だ。いずれ殺し合いになるだけだろう」
「私たちを守ってくれるのね? アストリットちゃんは」
棒術を修めたラスターは今日もテカテカと輝きを帯びている。これは彼女の特異能力ゆえの現象だ。
「否、卿らが私を守るのだ」
「そうですね。天が乱れている時こそ、我々が力を振るわねば妹達を救うことは叶いません」
シスターニケのネメシスはこう言うが、その体躯は常人のそれを遥かに超えた偉丈夫と言うべきものだった。クルタナと並べば遠近感が狂うのは必至だ。
「そうだ。卿らもどうか私に力を貸せ」
金色の獅子姫が命じる。
「仰せのままに」
ティアマト達が抜けた穴を埋めるようにアストリット達は権力の階梯を直走る。それが狂うのもまたこの後である。
エレベーターの残骸の一部はモニュメントとなったが、それ以外は復旧して再利用された。だが、異常現象も頻発するようになる。二百名のニケ達の英霊を見たとの証言すらあるほどだ。
余談だが、碑の由来は生贄を吊るした柱のことらしい。
「わたくし達はその後七十年を生き、幾人かはその途上で生命を燃やし尽くしてこの世を去りました。生き残った者も多くは思い描いた人生と異なる道を歩みました。しかし、それもまた生きるということなのだと偉大な先達より教わったのです」
(了)