見出し画像

勝利の女神:NIKKE 稗史:果てなき旅路 外伝 Beyond the time

「私は、人間の側から、アギトを滅ぼすための使者として、あなたを、復活させた。だが、その必要はなかったようです。人間は、いずれアギトを滅ぼします」
「イヤ、あなたは人間をつくりながら、人間のことを何も知らない。人はアギトを受け入れるだろう。人間の無限の可能性として」

『仮面ライダーアギト』

 旅は身軽に。
 そしてちょっとしたことを楽しめ。
 これが地上で生きていくルールのうちのいくらかだ。
 そして、今日もまた、蒼い空の下で新たな出逢いがあった。
「もしや、貴女は棺の君かな? こんな所でお会いできるとはな。都市伝説だと思っていたよ」
 彼女の言う棺の君は、銀白色のツインテールと血のように赤い瞳の灰被り姫と共にいた。
 ネイトは狩り用の弓を弾く準備をしながらも、声をかけ続ける。
「私の名はネイト! もし話が出来るなら名前を聞かせてくれたまえ! そうすれば弓矢を構えた非礼を詫びよう」
「シンデレラ……!」
 棺の君はアイスブルーの瞳に火を焚べて、臨戦態勢をとろうとしたがこれをシンデレラと呼ばれたニケは手で制した。
「待ってグレイブ。いきなり手を挙げるようでは美しくないわ」
 シンデレラは青空の下で爽やかに名乗った。
「私はシンデレラよ。そしてあなたが棺の君と呼ぶのがグレイブ」
「そうか、どうもありがとう!」
 武器を納め、ネイトと名乗るニケは笑顔で青いワンレングスの髪を掻き上げるのだった。

「ふたりはこれから旅に出るって?」
「ええそうよ」
「……」
「アークから出てきたお上りさんという感じはしないが、どういった経緯なんだ?」
「それをお前にいう筋合いはない」
「ひどい言われようだな、まあ事実だからしょうがないけど」
 ネイトはクククと苦笑した。
「まぁまぁ、私も少しは名が知れた旅人だから。一日二日付き合ってくれたまえよ?」
「旅人がそんなチャラついた服を着るのか?」
「そうだよ? まぁボロボロになった時は黒のスーツとか着るけどな」
 ネイトの一張羅はバブル華やぐボディコンシャスである。お世辞にもアウトドアには適さないが、コレが彼女のアイデンティティなのである。
「美しさとは人の数だけあるけれど……」
「んんっ?!」
 どうやらシンデレラの審美眼では、肩パッド付きのボディコンはアウトらしかった。

「シンデレラたちは武器とか持ってるのか?」
「私はこれだ」
 グレイブはマガジンのないアサルトライフルを手にする。
「私はこれよ」
 対するシンデレラは、銀色に輝く棺のような武装を四基揃えた特殊兵装・ガラスの靴である。
「ふたりともすごいな! 私はとりあえずスナイパーライフルが一丁と、拳銃かな? 弓矢は狩用だからナシな」
「ライフルを見せてくれ」
「どうぞどうぞ」
 ネイトは実弾を抜き、彼女の愛銃・フローレスをグレイブに渡した。しげしげと見回すグレイブにシンデレラも興味を示した。
「その銃、よく手入れしているのね?」
「まぁ流石に砲身命数が切れたりしたんで、新しく作り直したりはしたけどな。使い慣れた武器はやはり捨て難いんだ。そこまで執着しない質なんだがね」
「だいぶ古いニケ、なのか?」
「まぁな」
 ネイトは気づいていないかもしれないが、シンデレラとグレイブは彼女よりもさらに前のニケなのだ。
「そういえばさグレイブ。その胸のはヌンチャクか?」
「いや違う」
「だよなぁ」
「どうして、そう思ったのだ?」
「いやな、昔の知り合いにあなたに似た姿に身をやつしたニケがいてな」
 ネイトの脳裏には、豪奢な金髪とアイスブルーの瞳を漆黒のローブと仮面に隠した、不死者の帝王がありありと浮かんでいた。

「拳銃は何に使うのかしら?」
「これはとっておきでな、およ? あんなところに怪しいニケを発見」
 三人が望遠モードで見たのは、ゾンビのようにフラフラと歩き回っている量産型ニケである。
「ああいうのは百パーセント侵食されてる。見つけても声なんてかけるなよ?」
「……」
 ふたりは固唾を飲む。鏡で自分自身を見るかのように、侵食現象を客観視させられているのだ。
「じゃ、フローレス返してくれ。これからドンパチしに行くからおふたりさんは少し離れた場所で観戦してなよ」
「何を言っているの? 私は……」
「お姫様だろ? ここは蒼の騎士にお任せあれ」
 シンデレラは実のところお姫様扱いされるのはあまり好きではない。しかし、グレイブも静止するので大人しく草むらに隠れることにした。
 ラプチャーは自然を好まず近づかないので、木々を背にして互いに警戒し合えばまず問題なく凌げる。

 遠雷のような音がして、ゾンビの様なニケは一発の弾丸によってその生涯を閉じ……なかった。猛烈な再生能力を発揮し、敵を探索しようとする。
「おやおや、しぶといこって」
 ネイトは光学迷彩マント・ニコルくんで隠れて狙撃している。だが、音に誘われて集結してくるラプチャーにローラー作戦を敢行されたら面倒臭い。

「あまり芳しく状況になりつつあるぞ、シンデレラ」
「ええ、これは美しくない……」
 わ、と言う瞬間だった。容赦ない狙撃音が何発も聞こえ、そしてその前後にてニケは頭部とコアに致命的な攻撃を加えられ絶命した。
「終わりだ。ラプチャーは向こうさんをエサにしてめでたしめでたし」
 シンデレラたちの横からネイトの声がした。ふたりは仰天し、叫ばぬよう互いに口に栓をし合っていた。

 やがて日は暮れて、空には月や星が輝き始めた。
「ということで、ニケニケクッキングのお時間です! おふたりは料理の経験は?」
「ええと、スープなら作れるようになったわ」
「すまない。昔は作れたみたいだが今は難しい……」
「なるほど。料理できなくともムカデ団子とかシロアリビュッフェとかで糊口を凌ぐアホもいるからなぁ。だが私たちは文明人らしく猟をしてでもなんか調理したいところ」
 軽口の中にトンデモワードが混じっていて、シンデレラは目を白黒させていた。奪還地01でのパーフェクト生活は実のところまだ恵まれた状況だったのである。
「ではここに罠にかけてゲットした野兎の、頭とモツを抜いたのがあります。これの皮と肉をナイフを差し入れ、分けていってからの〜、ウメミヤタツオ!」
 ネイトは渾身の一発ギャグを放つが、ふたりはお笑いには興味がなかったようだ。全く反応がない。
 皮を引っ張るとうさぎは見事に鶏肉のような姿に変貌するが、この状態を形容したネタは日本限定であるらしい。なお、毛皮は防寒具にも使えるので裁縫道具があれば無駄がない。
「今回は簡単にハーブを使って焼いただけだ。この辺にはトマトとかないのが残念だが、トマト煮なんかにするともっと美味いぞ!」
「うまいうまい」
「これは素敵な味ね」
「小麦があればパンとか作ったりも出来る。この世界はまだまだやれるんだぞ?」

 三人は食後も歩き続けることにした。ニケは多少は頑丈だし、寝袋で寝ていて気づいたらラプチャーとコンバンワしたくないのもある。散歩の延長線上だと認識していた。
 こんなことをすると、思考転換とか起こすんじゃないかと不安に思う者もいるかもしれない。しかし心配はいらない。三人とも既に発狂したも同然の身の上なので、多少人間からズレたことをしても平気なのである、兵器だけに。

「そういえばあの拳銃はどうなったの?」
 シンデレラは先刻の疑問を再度ネイトにぶつけてみた。
「さっきの戦闘のやつは、ヘレティックのなり損ないだな。特殊弾頭使うまでもない」
 何を言っているのかシンデレラとグレイブには皆目わからなかった。
 つい先日、彼女達はろくに巨大化も出来ないようなヘレティックに遭遇して死闘を繰り広げたばかりだ。
 だが、このバブリー女ニケはそういった類の相手を雑魚呼ばわりである。まぁピンからキリまであって最下級なんだろうなと結論づけたかった。
「一番面白かったのは空飛ぶドラゴンと戦った時だな。モンスターハンター気分でウッキウキだったからな、アレは楽しかった。で、それ以来二度と近づいてこねーんだよ。見られたら死ねるの学習したんで「ほう、経験が生きたな」って感じになる」
 グレイブは、死にそうになりながらシンデレラを取り戻した記憶がフラッシュバックして青ざめていた。
 しかしシンデレラはある言葉に引っかかっていた。
「どうして見られたら死ぬの、ネイト?」
「私の特殊能力。ネタバレはしないよ、ヘレティック・アナキオール」
 一瞬で場の空気が凍りついた。

「落ち着きたまえ、戦うつもりならアイサツ抜きでやっているさ」
「ウオオオオオオオ! シンデレラをその名で呼ぶな!!」
「グレイブ、ステイステイ」
 想像以上にいきり立つグレイブを、ネイトはしまったと思いながらシンデレラと二人で宥めた。
「何故シンデレラのことを知っているかから答えてあげよう。私は今、中央政府のスパイをやっていてね。そのツテさ。あとエデンのスパイもしてるな。悪いヤツだろう?」
「……エデンとはなんだ?」
 ようやく収まったグレイブが絞り出すように声を出す。
「ドロシーの作った独自勢力」
 臆面もなく答えるネイト。シンデレラの脳裏には、かつて憧れた英雄の憧憬が映える。だがグレイブはさらに突っ込んだ質問をした。
「独自勢力とはなんだ? 内戦状態なのか?」
「違う。ゴッデス部隊の残存戦力四名は、人類のアーク避難後に地上に置き去りにされた。大なり小なり彼女達はアークを忌避しているが、ドロシーは格別アークを恨んでいる。彼女は光学迷彩を施した拠点を地上にこさえて、虎視眈々とアークへの攻撃準備を進めているところさ」
 シンデレラはショックのあまり涙を流して震えている。英雄たちにとって余りにも惨い結末ではないか。
 そしてそれは、自分自身にも当てはまっていた。
「要は君達には、エデンに取り込まれて欲しくないんだよ」
「近寄るなと言われても、場所がわからない」
「地図データを送る。もう一度言うよ、決して彼女達の勢力圏に近づかないでくれ」
 ネイトはまずグレイブに地図データを送る。
 シンデレラにも同様に送ろうとするが、逆に質問してきた。
「さっきの食事にも何か意味があるの?」
「狡兎死して走狗煮らる、か。そこまで大層な話じゃないよ、プリンセス? まずラプチャーまだウジャウジャいるしね」
 グレイブは疑問をぶつけてみた。
「ネイト。お前はエデンのスパイもしていると言っていたが矛盾してないか?」
「エデンは旅先のお得意様ってところで、アークの情報を売ったりしてる関係に過ぎないから問題ないよ」
「そうか」
 三人はその後も雑談をしながら夜明けを迎えたが、出会った当初の楽しさはすっかり消え失せていた。

「じゃあなおふたりさん。縁があったらまた会おう!」
「ええ……」
「行こう、シンデレラ」
 よそよそしくなってしまったふたりを見送るネイトだが、これは彼女の本望ではない。
「シンデレラ! 餞別だ!」
「えっ!?」
 ネイトがシンデレラに放ったのは化粧ポーチだった。手鏡や化粧品が詰め込まれていた。ついでに赤い瞳を隠せるグラサンまである。
「お前、しょっちゅうその武装で自分の姿チラチラ見てたろ? せっかくだから化粧のひとつも覚えてみなよ? 地図データと一緒に化粧の仕方も送っといたからさ」
 いつの時代も女の子は、お化粧に特別な感情を持つものだ。況してや若くしてニケとなり、少女の感性を未だ残しているシンデレラにとっては大きな大きなプレゼントであった。
「ありがとう、ネイト!」
「シンデレラ、グレイブ! またいつか会おうな!」

「コレで満足か、アルテミス……今はアイドル候補生のツクヨミだったか?」
「ええ、これでアークに対する脅威度がグッと減りました」
「お前はずっと未来ばかり見てて疲れないのか」
「失敗しない方がいいじゃないですか」
「まぁそうかもな。私も過去に執着しなくなったし人のこととやかく言える立場じゃないな」
「それではネイト様、ご機嫌よう」
 だが、ネイトは決して背を向けずアルテミスが自分から先に帰るのをじっと見守っていた。トリガーには指がかかっている。
 アルテミスは根負けして自発的に去った。辺りに誰もいないのを確認したのち、ネイトもニコルくんを被って姿を消した。

(了)

いいなと思ったら応援しよう!