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勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中 外伝 バンパイア・ハント(1)

NIGHT HEAD」(ナイト・ヘッド)……それは、人間が使用していないとされている脳の容量である70パーセントの部分を指す言葉である。人間が持つ不思議な「力」は、この70パーセントの部分に秘められていると言われる。

ドラマ『NIGHT HEAD』


 スタルカーは保護しているニケの数が増えて、最近は事務所で彼女らの去就について頭を悩ませていた。そんな折、お茶を運びにきたグレーチェンが新たな案件を齎す。
「スタルカー、最近妙な事件が起きてるようなんだけど?」
「拝聴しよう」
「ええと、このところニケのイレギュラー化事案が多発しているんだって」
「人間どもが雑に扱うからだろうに」
「そういう精神的な話じゃないみたいよ?」
 グレーチェンはそう言うと各所から集めてきた画像を見せる。ニケ達のこめかみ部分に穴が空いていた。
「吸血鬼に噛まれた人間が眷属になるみたいに、こんな穴が空いた子がおかしくなってるのよ」
 そういえば、グレーチェンはついこないだまで両手で両脚を操作していたはずだ。よく見れば掌に操作用コントローラー付き手袋をしている。研鑽と工夫を見てとり、道化師はふふっと微笑んだ。
「真面目な話なんですけどー」
 どうやら誤解させたようである。

「ネメシスが頭にパンチするみたいなもんかな?」
 隣で事務仕事をやっているアニェージが横から割り込んでくる。
「私、その人知らないんだけど」
 旧オーケアニデス出身者ではないグレーチェンの頭に上にはハテナが浮かんでいるようだ。
「私らと一緒に戦ってたシスターのニケがネメシスって言って、侵食を抑える能力で頭殴って治してたんだよ」
「ラプチャーが潜伏しているのか何かの特異能力か、調べてみるのも一興か……」
 スタルカーは新たな展開を見出し、シュレディンガーを伴って犯人探しに出かけることにした。


 途中、古い知人で恩師のひとりであったスカーとの邂逅にホクホク顔な道化師だが、今回の主目的はニケを発狂させるモノを見つけ出すことだ。ラプチャーならその場で狩らねばニケへの非難が収まらぬ。
「直近の現場はここか?」
「ここ」
 映像通信越しにアニェージが答える。
「聞き込みからはじめてみるか」
 道化師姿のニケを、人々は怪訝に思いながらも割と素直に情報提供してくれた。裏の仕事時はいつものバトルスーツなのでバレていないというのが大きい。
「量産型ニケが最近この辺りをうろついてて怖いとか失礼極まりない」
「不良がコンビニに屯してるみたいな感じなんでしょかね?」
「集まる場所・理由が知りたい」
「ラドローナやタクシスさんに、何か知ってるか聞いてみる」
「頼む」
 残念ながら、タクシスの伝手ではこの界隈の話で有益なものはなかった。客層が違いすぎたのだ。
 その代わり、やって来たラドローナは詳細な情報を把握していた。

「この辺りは治安が良くないのもあって、ウチなんかは割と拠点にしてるんでさぁ、大将!」
「なんでだ?」
「木を隠すには森の中って事です。ウチみたいなのはアークの繁華街だと目立って仕方がねぇ。まぁ手先は却って見られてないから仕事はしやすいんですがね」
 ラドローナはそう言うとまるでマジックのごとく、クレジットを保存しておけるカードを指の合間から出して見せた。
「で、どうしてニケ達が集まるようになったんだ?」
「それがですね、なんかお手軽簡単に強くなれる方法ってのをこの辺で教えてもらえるらしいんですよ?」
「バカげた話だ。そんな都合の良いものありはしない」
「そうでしょうか? 特異能力でラプチャーを一網打尽に出来たりするんだから、量産型ニケならノドから手が出るほど欲しいに決まってまさぁ。まっ、ウチみたいなショボイのだと目も当てられないんですがね」
「貴様、私を怒らせたいのか?」
 スタルカーには現状、目立った特異能力は存在していないように思われた。その実態に気づいていないだけだが。
 ラドローナは悪びれずに素直な感想を述べる。
「大将は存在自体が特殊極まりますんで、ハイ」

「ここか?」
「ハイ、ここの診療所って聞きましたぜ」
 薄暗い雑居ビルの一室には【能力開発ゼミナール】とある。どちらかというと塾だ。
「何故診療所と?」
「ここを運営してるのが元衛生兵ニケだって話っスよ」
 ドアをノックする。しかし返事はない。ドアノブを回して動かしてみたら、カギがかかっていない。
「お邪魔するぞ?」
 道化師たちが隙間を見ながら室内を伺おうとした瞬間だった。
「何者だ!?」
「誰でも良いから助けて!」
 複数の声をした方を見ると、量産型ニケが複数の男女に捕まっていた。
 捕まえているのはどうやらA.C.P.U.の警官のようだ。犯罪者二人が出くわすと碌なことはない。
「邪魔したな」
 スタルカー達は速攻で逃げに入った。非戦闘用ボディのニケに出来ることは少ないのだ。
「おい、待て!」
「先ほど二名の顔をデータベースで検索しろ。こいつはとりあえず逮捕だ」
「……出ました! 一人は窃盗常習犯のラドローナで、もう一人は……私達の権限では照会出来ない?!」
「まぁいい、そこの新人はコイツを監視しとけ。お前はおれと来い!」
「「了解です!」」
 ベテラン警官と思しき人間が、若い男性の部下を引き連れスタルカー達を追いかけに入った。
「ケーサツが追って来ますよ!」
「入り口まで行けば逃げ切れる! シュレディンガーがいるからな!」
 全力疾走に二人の息が上がる。彼女達は情報収集だけだと高を括って非戦闘用ボディで来たのを若干後悔していた。無論、重量のある戦闘用ボディをつけていたなら足音で丸分かりになるなどそれはそれで面倒の元になるのであるが。
 階段を降り切って出口へ一目散に走り込んだ二人を、シュレディンガーは両腕で受け止めた。華奢な体だが、腕の筋肉はみるみる膨れ上がりしっかりとホールドする。
「いったん上に逃げろシュレディンガー!」
「ねこです!」
 シュレディンガーは、一気に跳躍する。途中カベを蹴り付けながら三角跳びでテンポ良く屋上まで逃げ込んだ。
 一方の警官達は一足遅く入り口に走り込み、上へと逃げる犯罪者一行に向けて発砲してきた。弾はスタルカーの脚とシュレディンガーの仮面にキズをつけていた。
「フーッ!!」
 激昂したシュレディンガーは迷うことなく二丁の愛銃を抜くと、屋上から覗き込んで警官達を撃ち抜いた。ラプチャーを破壊するための武器である。警官達は悲鳴をあげる間もなくミンチと化した。
「ああ、やっちまいやがった……」
「構わん。どうせ逃げ回るのは性に合わん」
 一方、新人の婦人警官は発砲音を聞いて監視も応援要請もせずに階段を登って屋上方向へ走った。屋上に通じるドアにはカギがかかっていなかったため、ここからも警官が出てきたのだ。
「手、手を上げろ!」
 婦人警官がデリンジャーを構えようとホルスターから引き抜……
「もうやめましょうや」
 ホルスターが見えた瞬間、目にも留まらぬ早技でラドローナの手がデリンジャーを掠めとる!
「そうだな」
 さらにそれをスタルカーはひったくると、なんの躊躇いもなく婦人警官の顔面に二発弾丸を撃ち込んだ。ひとつは脳幹を貫通し、彼女の生命活動を速やかに停止させた。
「勘弁して下さいよ大将!? ウチまで殺人の共犯じゃないですか!」
「これはお前から強引に奪った、問題ないだろう?」
「屁理屈ですよ!? ああー!」
 ラドローナは無念の死を遂げた若い婦警をせめてもの情けで横たえるしかなかった。
 
「さて、邪魔者は消えた。診療所に戻るぞ」
 弾を撃ち切ったデリンジャーを屋上から放り投げたスタルカーは、今また階段を降りていく。
「さて、手錠でもかけられて放置プレイ中の女医でも助けに行くか」
 診療所のドアを再び開くと、オーシャンは手錠を素手で破壊していた。助けを求めずとも自分でなんとか出来たのではないかという不快な疑問が、スタルカーによぎる。
(シュレディンガー、一応お前は盾になれ。まだ攻撃するなよ?)
「ねこです」
 最凶の相棒に耳打ちしつつ、道化師はフレンドリーにオーシャンに近づいた。
「ええと、この辺でスゴイ力を得られると聞いてやってきたんですが……」

 その量産型のオーシャンは変わった容姿をしていた。壊れかけのバイザーを交換せず、右の髪は強調するかのように長く伸びて顔を隠していた。
「なんだ特化型じゃないの! しかも全員能力持ちじゃない! おちょくってるの!?」
「どういう事ですか? 一見しただけで分かるんですか?」
「雰囲気ね雰囲気! 力を出してるぞって頭の部位からなんかプレッシャーが出てるっていうか」
「はぁ」
「例えば空間系の特異能力なら、右脳の前頭前野がビンビン来るという感じ」
 この話をしている瞬間、別の地点でジュワユーズが二度くしゃみをしたという。
 オーシャンはまずラドローナを指差す。
「例えばアンタは手先の感覚に関わる頭頂前頭野、利き手の逆側である左脳のソレが際立って感じるわね」
「ヘェ〜よく見えてらっしゃる」
 次にシュレディンガーである。
「アンタはさっき言った通り右脳の前頭前野がキテるんだけど、特に海馬・海馬台の辺りが光り輝いている感じね!」
「ねこです?」
 スタルカーは瞠目していた。シュレディンガーの瞬間移動を暗示するかのように、空間認識能力の高さの一因を瞬時に言い当てたのだ。このニケの脳に関する知識はただの衛生兵を遥かに凌駕している。
「ちなみに私はどうですかねぇ?」
 実際自覚に乏しいので聞いてみる。
「アンタは……脳全体に靄がかかってる。これは自分の身体機能をどうこうするような類のものじゃないから、そのうち安定した使い方がわかると思うよ?」
「そこをなんとか!」
「強いて言えば口……他者に影響を及ぼす言霊系? ほとんど見たことないからわからないわよ!?」
 ちょうどそこに別の量産型ニケであるI-DOLL・フラワーがひとり入室してきた。
「予約していた者なのですが……」
「いらっしゃい。お代先払いだからね!」
「ええっ!? どんなのか見てからじゃないと……」
「そこの三人が施術例だから!」
(オイオイ、勝手に使うな)
「どんなチカラなのか見せてもらってもいいです?」
 フラワーはラドローナを指名した。哀れな女だ、金を毟り取られるだけだぞとスタルカーは目を伏せた。
「ほいっ」
 ほぼノーモーションでキャッシュカードを掏るラドローナは、オーシャンにそのままパスした。
「ああっ!?」
「毎度あり!」
 カードを返しながら、フラワーの真正面に立つオーシャン。
「そんじゃこれで終わりだから」
 困惑するサンを尻目に、彼女はサンのこめかみに人差し指で一押しした。
 ズキュウウウーン!
 差し込んだ指で脳を直接刺激することで、量産型ニケの力を熟練の特化型ニケに比肩するほどに高める。それと同時に押されたニケは、超常の力に目覚めるのだ。
 ただし、理性と引き換えに。

 ニケの頭部は通常、指揮官が使用出来る軍用拳銃でも撃ち抜ける程度の強度だ。情報機関所属のニケがせいぜいプロテクターを仕込んでいる程度である。
 オーシャンの戦闘用ボディの指は、さらに薄い頭部こめかみ付近のくぼみから、柔いガッデシアムの肌とフレームを一気に貫通して直径一センチかつ深さ五センチほどの穴を穿つ。刺された脳細胞は当然挫滅するが、ニケにはNIMPHがあるのでこれを以て置換再生を行うためそこまでのダメージはない。しかもオーシャンの指には医療用ボディから移植したエンドエフェクターである電気メスがあり、これが脳の毛細血管を焼いて凝固させると同時に脳自体の覚醒を効率的に引き起こすのだ!

「どうなったんすかね?」
 指を突っ込まれてから微動だにしないフラワーにラドローナは訝しむ。
「失敗したのかしら?」
 適当に生返事するスタルカーだが、彼女は別のことに気づいていた。室温が、なにかおかしい。
「ふ」
 フラワーは意識を取り戻したのか、そう洩らした。
「ふふふ、フハハハハ!」
 急激に室内の気温が下がっている! 今しがた20℃ほどだったのに今や冷蔵庫と同じだ。そのうち冷凍庫に早替わりするに違いなかった。
「シュレディンガー! 私たちを連れてそこの窓から外に出ろ!」
「ねこです!」
 スタルカーの判断とシュレディンガーの行動は流石に速く、部屋全体が凍結する前にフラワーを除いた全員を脱出せしめた。着地と同時に雑居ビル全体が氷の塔と化す!
「オイオイオイ。アイツ死んだわ」
「フロストフラワーここに死す、だな」
 彼女を復活させるには、火属性ニケが必要になるだろう。
「で、オーシャン女史はこれからどうするんですか?」
「そのオーシャンっていうのやめて! ……まぁあのビルは潮時だったからしばらくどこかに隠れるつもり!」
「ウチ来りゃいいじゃないんすか?」
「ねこです」
 しかしそうは問屋が卸さない。刑事たちがミンチよりヒデェ状況になったのを周辺住人が通報したため、ついに中央政府軍の介入が始まった。

 中央政府軍のニケたちは、付近に溜まっていた量産型ニケをまとめてしょっぴき始めた。包囲網が狭まりつつある。
「この裏道から下水道区画に入ってやり過ごしましょうや!」
「やれやれ。少し迂回するか……」
 そんな相談をスタルカーらはしていたのに、当のオーシャンは真っ直ぐニケの群れに突っ込んでいった。
「何をしている!?」
「こうやれば速いでしょうに!」
 オーシャンに気付いた政府軍側のニケが警告するが、オーシャンは迷わず突っ込む。
「発砲する!」
「待て待て、こんな人混みで撃つな死人が出るぞ!」
「いただきぃ!」
 オーシャンは目についたニケに指を差し込んでいく。
 ラドローナはあまり想像したくない状況を思い描いて青ざめた
「まさか、暴走するニケだらけにするんじゃないすかね?!」
「あり得るな……」
 大した度胸というべきか、中央政府軍に余程恨みがあるのか……
 スタルカーはこの者を組織に入れるべきか否かまだ判断に迷っていた。

 A.C.P.U.や中央政府軍の追手から匿った、顔面に酷い火傷を持つ量産型ニケI-DOLL・オーシャン。
 彼女こそがこの事件の黒幕であった。
 脳を直接刺激することで量産型ニケの力を引き上げるが、後遺症として暴走を引き起こす恐るべき能力である。
「うおああああ!!」
 最初に指を押し込まれたニケはイレギュラー化して、銃を乱射し始めた。周りのニケは致命傷を負い、離れたニケに反撃される。
「とりゃ!」
 頭部が残っているニケにも指を差し込むオーシャン。本当に手当たり次第だ。何体かは特異能力でボディを回復させて再び行動を開始した。
 流れ弾で周りの人間にも死傷者が出始めているし、
暴走したニケが率先して通行人を追いかけ回していたりもしていた。
「有り得ない! ゾンビ映画じゃないんだからァ!」
 そう叫んだ量産型ニケ部隊の隊長と思しき特化型ニケも、こめかみに一撃を喰らって昏倒した。
 集まっていた量産型ニケに加えて、中央政府軍のニケ部隊も順次オーシャンの毒牙に掛かっておかしくなっている。施術されたニケたちはみな、降って湧いた力に溺れて試し撃ちとばかりに近くの者や建物に能力を振るう。
 ファイトクラブもかくやという惨事に、スタルカーたちはなんとか巻き込まれずに済んでいたが状況は危機的である。
「クッソ、数が多い! 大将、ここは全部放っといて退きましょう」
 ラドローナの意見は尤もである。ただでさえ非戦闘用ボディでは量産型ニケですら相手にならないのに、ニケの数が想定以上だ。如何にシュレディンガーが強かろうが、足手纏いふたりを守りながら戦うのは難しい。
「こんなこともあろうかと、あともうひとり呼んでおいた」
 その瞬間、横合いから弾丸がかっ飛んで来て大量の量産型ニケが全身を粉砕された。
「漸くだな」
「クルタナ、命により参上しました。遅くなり申し訳御座いません、小義姉上」
「オーシャンタイプがこの事態を招いたが、その者は絶対に殺すな」
「御意」

 そのニケはあまりにも大きかった。ラドローナはこれまで、ティアマトやネメシスのような規格外の体躯を持つニケを見て来たが、これは女巨人である。
 そんなのがスナイパーライフルで、巨大な弾丸を撃ち出すのだ。ゴム弾だが全く手加減を感じさせない。
「なっ!? なんだってのよアレは!?」
「ほんとにあの方何者なんですか?」
「クルタナはアタナトイの元部下だ」
「スルトモードのイメージは彼女だったってコト!? 狙撃手なら総大将の傭兵で義勇軍にいても不思議じゃないけど見覚えないっすよ?」
 その問いにクルタナは答えた。声は意外にか細い。
「あの頃はアストリット様が亡くなって、ショックで食事もノドを通らぬほどでしたので……招聘を受けてリハビリしていたのですが間に合わずまた……」
「そういうことね……」
「ラドローナ、例のサーバーの件は覚えているな?」
「……えぇ」
 ひどい目にあった記憶が蘇り、いつも斜に構えている彼女も思わず苦い顔をする。
「クルタナとシュレディンガーは基本的にサーバーの守護を交互に担当している」
「それ不味いんじゃないすか?」
「ふたりに別の仕事を回すか休ませるときは、また別の手法で守っているから気にしなくていい」
 なるほど、重要拠点をニケひとりで守護出来る力量の持ち主なのかと、彼女は納得した。それにあれだけデカいとエレベーターに乗るのも大変そうだ。
「雑魚が多いな。シュレディンガー、お前は私の撃ち漏らしを頼む。本命のオーシャンと暴走してないニケは極力殺すなよ?」
「ねこです」
「ううっチクショウ! あんな化け物出てくるなんて聞いてないぞ!?」
 巻き添えを食らったオーシャンはクルタナを確認するが、全くピントが合わない。こういう場合は本体が別の場所にいるはずだが、巨人が銃口を向けた方向から砲撃される。
 ならば下の方に目を凝らす。
「足下にいる……ってちっさ!?」
「ほう、なかなか賢しいな」
 オーシャンは他の量産型を囮に使いながら、なんとか逃げ回る。早く相手の能力を掴まねばと見ているとさらに衝撃的なものを見てしまった。
「脳全体が光り輝いている! 全部の能力にバフがかかってる証拠だ! ああ、もう最悪!!」

 密集乱戦状態は、クルタナの狙撃もとい砲撃の前ではいい的も同然だった。何人かのニケは頭部を吹っ飛ばされた挙句、ほかの攻撃に晒されて無惨に破壊されてしまう者も少なくない。
 オーシャンも飛び散った手足を喰らって倒れた。ラドローナはすかさず走り出してオーシャンの身柄を確保した。
「クソ! やっぱり戦闘用ボディか! 重たいんだがなんとか逃げなきゃ!」
「シュレディンガー、援護しろ!」
「ねこです!」
 その時、壊れかけのバイザーが砕け散り、顔面がハッキリ見える状態になった。
「うわっグロ!」
「ラドローナ、そういうことは言うな」
「見たわね……」
 オーシャンの顔半分は、ガッデシアム製の肌が熔解していた。瞼の一部は癒着して目も半開きである。
「溶鉱炉か何かで作業でもしてたのか?」
 スタルカーの問いに、オーシャンは赫怒しながら答えた。
「そんなわけないでしょ! 戦争よ戦争、第二次地上奪還戦で、核攻撃を受けたのよ!!」
「まさか……」
 事情を知らないシュレディンガーと暴走状態のニケたち以外は、絶句した。

「あれは十二月十日の夜のことよ」
 なんとか裏路地に逃げ込んだオーシャンとラドローナである。オーシャンは息も絶え絶えだが、構わず続けた。
「その少し前に、イレギュラー化して粛清されたはずのアストリットとかいうニケが蘇ったから、再討伐しろって中央政府軍が指揮官連中に懸賞金チラつかせたのよ!」
 スタルカーもあの戦いの中盤から中央政府軍の対応が支援から妨害に変わっていくのを感じていた。
(どこからバレたのだろうか? スパイが紛れ込んでいたのか?)
 オーシャンの恨み節は続く。
「アタシは何人かのニケと一緒にその作戦に参加させられたわけ! 今考えたらすごくバカバカしい話よ。既に軍がメチャクチャになってるのよ。一介の指揮官がどうにか出来るわけないじゃない!」
「そうっすね……」
「アストリットと思しきニケはあっさり見つかったけど、あまりにも強いし周りにも多くのニケがいたからどうにもならなかった。そんな中で急にニケの集団がアークに帰還し始めたわ」
 撤退、そして義勇軍の最期へと話は及ぶ。
「アストリットとあとふたりくらいが北上をはじめて、指揮官達はチャンスが来たと大喜びで追跡し始めたんだけど、そんなことなかったわ。あっちは全速力で走っているけどこちらは足手纏いがいるからあっという間に置き去りにされたわ!」
「諦めて帰る指揮官もいたけど、うちのは底なしのバカだったから、油断した瞬間を狙うとか言って追跡を続けたのよ」
「で、ラプチャー小集団の残骸をいくつか見送ったあとでアレがかっ飛んできた」
(やめて、言わないで)
 スタルカーの胸がキュウっと締め付けられる。
「核ミサイルが!」

「ひらけていたけど爆心地からは離れた場所でアタシたちは被爆した。仲間の特化型ニケひとりが庇ってくれたのでアタシは顔半分焼かれただけで済んだし、その子も背中が溶けるだけで済んだ」
「指揮官はどしたんすか?」
「あのバカは熱線もだけど爆風をモロに喰らって吹っ飛んで着地時に首がへし折れて死んだわ」
 焼け野原になったわけではないが、爆風の威力は想定以上だったようで、多くのニケは大なり小なり被害を受けたとのことである。
「結局ニケだけでアークに帰還したのだけど、アークはアタシたちを排除しようとしたのよ!」
「……口封じか」
「背中が溶けた子だけ貴重なサンプルと言われて別のところに連行され、アタシたちは指揮官を助けなかった無能扱いで即処刑コース行きよ!? ふざけるのも大概にしろって感じよ!」
 オーシャンはやおら立ち上がった。不満が興奮を呼んでもう演説は止まらない。
「力はその時自覚した。仲間の頭脳が光り輝いて見えて、指を当てると障子を貫くようにあっさり指が入っていった。ただ、大体のニケは力の出し方がわかるとおかしくなった。ま、私も既にイカれてるから気にもしなくなったけどさ!」
 オーシャンは顔半分を覆うケロイド状の肌を撫でた。
「男向きの日常で、男がやることである戦争のただ中でも自分らしさを残したかった。それすら許されなかったのがアタシみたいな量産型で、このケロイド故に能力に目醒めたとしたら、アタシはいったいなんなんだよ!?」
「その気持ち、多少解るぞ。私も望んだ形ではなかったからな」
 巨人の姿が掻き消え、クルタナの真の姿が露わになる。本当に子供のような姿である。
「私はもともと上手く成長できない病気でな。周りの人間が羨ましくて仕方がなかったはずなのに、ニケになって変わったのは顔くらいだ。でもこの力を知って考え方が少し変わったのだ。私は私の事を本当に嫌ってはいなかったんだとな」
 しかし、小さくなったからと言ってクルタナの破壊力が低減したわけではない。オーシャンの懐に飛び込んで思い切りイカっ腹に頭突きをかます。
「ぐううう!?」
「自分のことを見つめ、知ること。人生の目的のひとつだ、若人よ。この戦いの後でゆっくり考えるといい」
 クルタナは、体に比して大きすぎるスナイパーライフルでオーシャンの顎を強打し、屈服させたのだった。
「スゴイ! あと見た目が全然違う!」
「ねこです!!」
「流石だクルタナ。良くやってくれた」
 三名はおのおのクルタナを称賛した。
「天下五剣筆頭の実力を発揮できて光栄の極みです、小義姉上。ですが、アストリット義姉上……」
 スタルカーとクルタナの頬に涙が伝う。シュレディンガーを除いた三人は、しばし無言で英雄たちの死を悼んだ。

「さて、そろそろ気がつく頃合いだな」
 オーシャンが暴れぬように組み伏せたシュレディンガーがいっそう強く関節を極めると、痛みから彼女が再復帰した。
「なんで殺さないのよ!?」
 スタルカーは意に介さない。
「お前の医療の才が欲しいからだ。我が元に来たれオーシャン、いや……」
 そんな画一的な名前では彼女の心を得ることは出来ないだろう。
「そうだな、お前は今後トレパネーターと名乗るが良い」
 トレパネーター(穿頭術師)、それは人類の医療がまだ未発達の頃から存在する脳外科処置者である。脳内出血の有効な治療法として行われる反面、神秘主義的な側面も持っている。脳に直接影響を及ぼすことで超能力を得るストーリーはいくらでも漁れるほどだ。
「嗚呼……ついにアタシにも個性が……」
 かつて一介の量産型ニケに過ぎなかったオーシャンは、滂沱の涙を流して祝福を受け入れた。

 こうしてスタルカー一味は、トレパネーターを医療担当者として仲間に組み込んだ。ついでに近場にいて生き残った量産型ニケたちもついでに囲い込んでしまった。どっちが吸血鬼なのやらわかったものではない。
 彼女達は進化して強力な特異能力に目覚めたが、これを制御できなければこのアークでは生活できない。どうしたものか……
「そうだ、閃いたぞ! スカー先生に教育させて傭兵部隊を創設しよう」
 このアイデアによって、資本とともに武力を得たスタルカー達は本格的な軍事組織を形成していくことになる。

 そして半世紀が経った。

「こんなにも、血が……」
 最近になって、真紅の目をした何かに噛みつかれた人間とニケが続出していた。
 人間は男性だと例外なく脳細胞が破壊されて即死、女性も似たり寄ったりだが時折無事な場合もあるようだ。
 ニケの場合はより深刻で全員が侵食反応を発症していた。襲撃現場の近くに偶然居合わせたネメシスの治療を受けられたもの以外はイレギュラーとして処分されたのである。

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