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小説『君と貴方と(社会人、両片思い)』

「おかえり、紗遊(さゆ)さん」

またコイツは勝手に・・・。
夜遅く仕事から帰ってみたら、ベランダに立っている男。
仕方なくベランダの鍵を開け、その男を不本意ながらも招き入れる。

「そろそろ不法侵入で訴えるわよ、巳継(みつぐ)君」
「俺だって素直に自分家帰りたいんだよ。でもさぁ、そうなると、俺の貞操がやばいと言うかさ」
「大丈夫よ、男の貴方が妊娠する事はないから」
「酷いです紗遊さん!」
「珈琲と紅茶、どっちがいい?」
「ココアがいいです」
「選択肢の中から選びなさいよ」

私はスーツの上着を脱ぎ、鞄と一緒に適当な場所に置く。巳継君は慣れたように私のベッドに寝ころんでいた。
お湯を沸くまでの間、自分用の珈琲とココアを準備する。

「今日も、泊まってくつもり?」
「そのつもり」

ため息が出てくる。
仮にも成人した男女が同じ部屋で・・・まぁ、それだけ私を異性として見てないって事なんだろうけど。

巳継君は私の二つ下で21歳。私と巳継君の共通点は同じマンションに住んでるって事ぐらい。私は二階で、巳継君は私の斜め上の部屋。
あの時、思わず声を掛けてしまった事がきっかけで、こんな奇妙な関係になってしまっている。

「貴方のストーカーさんの執念は見事なものね。そんなに何かに一生懸命になれるなんて少し羨ましいわ」
「人事だと思っていい加減な。俺には恐怖でしかない存在なんですけど」
「なら引っ越せばいい話でしょ。簡単じゃない」
「イヤだね。なんで俺がそんな逃げるような真似しなきゃなんないんだよ」
「意地張るのは結構だけど、私を巻き込まないで欲しいわね。はい、ココア」

もうすっかり巳継君専用になってしまったマグカップを渡す。微かに彼の指先に触れた。
冷たい。
いったい何時間、ベランダで私の帰りを待っていたんだが。
彼は嬉しそうにココアを飲んでいる。

「私、シャワー浴びてくるから」
「うん、いってらっしゃい」

巳継君を残し、バスルームに向かう。でも不意に足を止め、巳継君に指摘する。

「寝るならソファー使ってよ」
「はぁい」

返事だけは良いのよね。
私はそのまま汗を流しにバスルームへ。

*****

こんにゃろ。
バスルームから上がり、取りあえず目に入ったのは、私のベッドを占領している巳継君。
彼が着ていた服はきちんと畳まれソファーに置いてある。彼用のパジャマはマグカップ同様、部屋に常備済みだ。

「み~つ~ぐ君」
「・・・」

狸寝入りですか?

「私は何処で寝ればいいのよ」

すると、少し身じろぎ横にずれ、スペースを作って来た。
おいコラっ、全くコイツは。
仕方なく私がソファで寝ることにした。彼の服を退かして。

「・・・一緒に寝れば?」

眠たさと不服さが混じった巳継君の声。

「お馬鹿。出来る訳ないでしょ。常識を考えなさい常識を。ただでさえ、貴方がこの部屋に居る事さえ非常識なのに」
「俺の事は犬だと思えば無問題だよ」

平然と言ってのけてくれる。
私だって出来る事ならそう思いたいわよ。
思えないから困ってるんじゃない。

まぁ、巳継君にとって私は、只の便利な宿でしかないのよね。



ー巳継視点ー

貴女は知らないんだろうな。
あの日から、俺がどんだけ貴女を好いているかなんて。
流石に俺だって、なんとも思ってない女性の部屋に不法侵入したりしないよ。
そのくらいの常識あるつもりだ。
不法侵入事態、非常識だと言う事は和えて考えないとして。

ーーーあの日が、俺と紗遊さんの始まり。

オネェストーカーから逃げ、引っ越して来たばかりだった。
なのに、アイツはまたやって来た。
部屋の前で待ち伏せしているアイツ。
家に入れなくなった。
出くわせば間違えなく犯される自信がある。
以前、未遂だが俺は半裸までさせられた事がある、その時は自力で逃げたが。
次がまた逃げれるとは限らない。
俺の部屋は三階。
スマホにもしもの為に遺言を残し、後必要なのは度胸と覚悟と勇気。
そう、真っ向から部屋に入れないなら、裏から入るしかない。
つまりは、三階のベランダまでロッククライミング。丁度、鍵を締め忘れていたし。
なんでか、切羽詰まっていた俺はそんな結論に至ってしまったのだ。

「・・・君、何してるの?泥棒?」

ロッククライミング中の俺に掛かった声。
この呆れた冷めた様な目線の主こそが紗遊さんだ。
死に急いでいた俺には、彼女が救いの女神に見えた。
つもりは一目惚れをした。
危ないからと、俺を自分の部屋に招き入れ、ココアを出してくれた。
オネェからストーカーされてるっと素直に自供したら、紗遊さんは少し吹き出して笑った。

「ひどぇ、俺は真面目に困ってるのに」
「ごめん、ごめん。でもだからって、ロッククライミングまでする」
「もしもの為に遺言まで残したぞ」
「生き残って良かったわね」

そう言うと紗遊さんは、俺の手からスマホを奪い、誤字脱字ばかりの遺言を消した。
その日から俺は、アイツから逃げると言う項目で、紗遊さんの部屋まで不法侵入するようになった。
紗遊さんも、なんだかんだ文句言いながらも、俺を招き入れてくれる。
俺は、紗遊さんの優しさを利用しているのだ。


*****


「俺の事は犬だと思えば無問題だよ」

彼女の警戒を解く為に、茶化しながら言う。
すると乱暴に電気を消された。
俺用に用意してくれたタオルケットを被り、ソファに寝ころぶ紗遊さん。

「さ、紗遊さん。ごめんなさいっ、ベッドでお疲れの体を癒して下さい。俺がソファに移動させて頂きますんで」

暗闇にまだ目が慣れない。
でも、紗遊さんが移動してくるのを感じた。
俺もそそくさとソファに移動しようとしたが・・・。

「え?」

体に巻き付いてきた腕。
背中に密着してきた柔く暖かい感触。
え~~~~~~~~っ。

「さささささ、さ、紗遊さんっ!!」
「・・・おやすみ」

紗遊さんのベッドで、紗遊さんに抱きつかれてる俺。
なんですか、この夢の様な拷問は。

紗遊さんの意図が分らず混乱する。

さて、俺の取るべき正しい選択はどれなんだ?
このまま本能に忠実に従う。
朝まで抱き枕となり添い寝。
ベッドから抜け出しソファで寝る。

感情、理性、本能がせめぎ合いの戦いを起こし、眠れぬ夜が開幕した。


了。

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