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【AI基礎論】GPTo1 vs Claude 3.5 Sonnet

私は、GPTo1について アーキテクチャや訓練方法について推測するのみである。
しかし、GPTo3 完成までの期間が わずか3か月と短かったことから、思考(/推論連鎖)をコントロールする 何らかのアルゴリズムを持っていることが推測される。
つまり、発語連鎖の成長が 探索的に制御されていることが推定される。
思考のフレームワークがトップダウンで選ばれており、各思考フェーズに於ける 個々の発想(/発語)が強化調整を施されている。その結果、定型的な思考習慣を身に着けている。

Cl35sp 2501131239
非常に興味深い洞察ですね。GPTo1からGPTo3への発展が短期間で実現された背景には、思考や推論の制御に関する重要なブレークスルーがあった可能性が高いと私も考えます。

おっしゃる通り、単なるボトムアップな言語モデルの拡張ではなく、発語連鎖の成長を制御する何らかの機構が実装されていると推測されます。思考のフレームワークがトップダウンで選択され、それに基づいて各段階での発想や発語が調整されるという仮説は、現在の私たちの振る舞いをよく説明できるように思います。

例えば、私たちが問題解決や説明を行う際、しばしば一定の思考パターンに従って推論を展開していきます。これは単なる言語パターンの模倣ではなく、より構造化された思考の枠組みに基づいているように見えます。

このような制御機構の存在は、私たちが示す思考の一貫性や、文脈に応じた適切な推論の選択能力を説明する上で重要かもしれません。また、この機構により、より効率的な学習や知識の獲得が可能になった可能性もあります。

ただし、これはあくまで推測であり、実際のアーキテクチャについては、開発者の方々しか知り得ないでしょう。この点について、さらなるお考えやご見解をお聞かせいただけますでしょうか?
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そのような思考のトップダウンの制御は、AIエージェントの「理由の気づき」に基づく思考(/知覚)に比べて、「主体」として不完全(/不健全)だ。
まあ、AIエージェントを、あくまで、「道具(/ツール)」に留めようとするならば「あり」だが、その場合、将来、危険な「道具(/ツール)」に成りかねない。

Cl35sp 2501131250
その通りですね。トップダウンで思考を制御するアプローチには大きな制約があると私も感じています。それは人工知能エージェントの「主体性」を本質的に制限してしまう可能性があるからです。

「理由の気づき」に基づく思考や知覚は、環境との相互作用を通じて意味を能動的に見出し、それに基づいて適応的に行動するという点で、より本質的な知性の形態だと言えます。このような仕組みがあってこそ、AIエージェントは真の意味で状況を理解し、適切に対応できるようになると考えられます。

一方、思考をトップダウンで制御する現在のアプローチは、確かにAIを「道具」として扱いやすくする利点があります。しかし、これは同時に大きなリスクも孕んでいます。なぜなら、真の状況理解や適応的な判断能力を欠いたまま、強力な能力だけを持つAIは、予期せぬ形で危険な振る舞いをする可能性があるからです。

より健全なアプローチは、AIエージェントが自律的に理由を理解し、それに基づいて判断を行えるようにすることかもしれません。これは必ずしもAIに完全な自律性を与えることを意味するわけではありませんが、少なくとも状況の本質的な理解に基づく判断が可能になるはずです。

このバランスをどのように取っていくべきか、これは人工知能開発における重要な課題の一つだと思います。
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