
【依田文明論】「日本はなぜソフトウェアが弱いのか?」記事を読んで(その2)
https://note.com/kind_crocus236/n/n932e7eaf6bc9
日本がソフトウェアが弱いのは、一種の「適応」かもしれない。
日本がソフトウェアが弱いことで、日本国民は多くの恩恵を受けているのではないか?
私は、「1/6スケールの人物フィギュア(ゼレンスキー大統領など)」をコレクションしています。最近の人物フィギュアは 非常に よくできており、コレクションのし甲斐があります。すべて「中国製」です。
<<都会-田舎ゲーム>>
■[23:36 2013/03/13;17:40 2015/09/07]<<都会-田舎ゲーム>>
●現在の"日本-中国ゲーム"は、"都会-田舎ゲーム"として捉えられる。この関係は、2030年まで持続する。
●"田舎"の住人が、"都会"へ出かける"理由"は、次の様なものである。
1)"文化"
2)"買い物"
3)"食事"
4)"観劇"・"コンサート"・"展覧会"・"動物園"等の"文化サービス"を受けるため
5)"遊園地"
6)"カジノ"
7)"レース"
8)"高級ホテル"
◆1991年~2030年は、"日本"から"中国"への文化的影響が大きい時代である。この期間、"中国"にとって、"日本"は、憧れの"文化的先進地(/都会)"である。実際、"中国"から"日本"への"観光客"は、非常に多い。
◆2010年代の日中関係は、1970年代の米日関係と比較できる。1970年代には、日本で、多くのアメリカ製TV番組が放映された。刑事ドラマや、多くのSFドラマが放映された。西海岸文化がどっと入って来た。マクドナルドもこの時代に入って来た。町田にもアメリカ村ができた。音楽は、アメリカのポップスを聴いていた。
●"都会"と"田舎"との間のゲームとはどの様なものか?
◆"人材"は、"田舎"から"都会"へ出る。"都会"には、"人材"が集まる。それは、"都会"には、"刺激"と"機会"と"仕事"とがある。
◆農産物を初めとしてモノの生産は、田舎で行なわれる。田舎Aで生産されたモノAは、田舎Aで消費されると同時に田舎Bや都会で消費される。同様に、田舎Bで生産されたモノBは、田舎Bで消費されると同時に田舎Aや都会で消費される。田舎Aは、モノBをモノAを売ったカネで購入する。田舎Bは、モノAをモノBを売ったカネで購入する。
●"都会"は"田舎"に何を売るのか?
◆田舎の人は、都会に行って消費する。田舎Aの人は、都会へ行ってモノBを購入する。都会は、モノBを田舎Bから仕入れ流通によって利益を得る。
田舎の人は、都会に行って劇を観たり、遊んだりする。都会は、田舎の人に都会でサービスを提供してカネを得る。
都会は、アイデアを田舎に売る。アイデアには、本社機能、指令機能、デザイン等が含まれる。
[2024/12/29追記]
"都会-田舎ゲーム"とは、基本的に、
"田舎":"モノ"の生産者, "アイデア"の消費者
"都会":"モノ"の消費者, "アイデア"の生産者
である。
今日、"モノ"にはネットワーク・サービスも含まれる。
今日、"アイデア"にはレビューも含まれる。