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井上尚弥・怪物の翼~我が往くは遥かなる高み~

「我々は「あしたのジョー」である」

Photo by yumemirujiisan

それは、今から半世紀以上も昔、1970年(昭和45年)3月31日のこと。

9名の、いずれも若い日本人活動家達によって、日本初のハイジャックは決行された。

世にいう「よど号ハイジャック事件」である。

日本刀、拳銃、爆弾等で完全武装し、東京発福岡行きの日本航空351便《通称「よど号」》を強奪した彼ら共産主義者たち、すなわち「日本赤軍派」は、乗員乗客100名以上を人質に取り《人質は全員韓国にて解放》あろうことか、あの北朝鮮へと旅立ってしまったのだという。

まさに、日本史に残る大事件という他ないが、ただ当記事は《表題を見ていただければ分かると思うが》テロリストやテロリズムについてのものではない。筆者が紡ぐ今記事は、あくまでボクサー、井上尚弥についてのレポートである。

ならば、何故によど号ハイジャックの話?

その理由は、当事件犯行グループのリーダーが書き残した「出発宣言」なる文書の〆部分が、以下のようにボクシングに関連しているからだ。

「我々はあしたのジョーである」

※実際は「明日のジョー」と記述

メディアがよど号事件を取り上げる際、必ずといっていいほどピックアップされてきた一文なので、きっとご存知の方も多いだろう。
ただ、昭和生まれの方であれば、そこに込められた心情も含め、その意味を理解できるだろうが、平成以降に生まれた若い世代の方には、「はじめの一歩」ならともかく、そもそも「あしたのジョー」がピンと来ないはず。

前代未聞の暴挙をこれから決行するにあたり、若い活動家たちのリーダーは、何故自分達を「あしたのジョー」と称したのか?

以降、そこへと筆を進めてゆくことにしよう。


筆者がBREAKING DOWNを見ない理由。

Photo by futen_seisuke

「あしたのジョー」とは、不良少年、矢吹ジョーがボクシングと出会い、拳1つで成り上がってゆく、いわゆるサクセスストーリーである。

《それってまんま「BREAKING DOWN」では?》

そう、現代においての「不良のサクセス」といえば、真っ先に挙がるのは「路上の伝説」と呼ばれる朝倉未来であり、彼が主宰する《BD》であろう。

《元ワルが格闘で有名になり成功と大金を掴む》

SNSで圧倒的なPVと拡散力を生むBDは、ワル同士の喧嘩をエンタメ化、収益化することに成功した。
恐らくは自らの出身母体である、前田日明氏主宰「THE OUTSIDER」を更に発展させたのだろうが、実際に何度も修羅場をくぐった喧嘩師、朝倉未来ならではの見事なアイデア、興行だと筆者は思う。

なぜなら、街中で罵り合いや殴り合いの喧嘩が始まったら、大抵の人は野次馬になるからだ。

極めていかつい有名なワルたちが、一触即発の状況から、果ては殴り合いまでを見せるというのだ。
そりゃあ、エンタメとして流行りもするだろう。

ただ、筆者はボクシングやキックや総合格闘技やプロレスは頻繁に観戦するが、これまでBDは1度も見たことはないし、そしてこれからも、まず、見ることはないと思う。

なぜなら《これはあくまで個人的な見解だが》BDで競い合っている種類の方々、いわゆる「不良」が強さを競う喧嘩とは本来「何でもあり」であり、言ってみればそれを突き詰めてゆけば、当然「武器の使用」や「人数を集める《集団化》」に行きつくのが必然であろう。

《タイマンの素手ゴロでは最強》

1つの街の学校間ならばともかく、そんな美学を貫く余地は、プロの、裏の世界には1ミクロンもない。

花形敬、荏原哲夫、柳川重男、又吉世喜等・・・長き時を経ても、その喧嘩の強さが今に伝わる猛者は《近代暗黒史に》大勢いたが、結局のところ彼らは皆、複数人に襲撃され、凶器を使用されることで命を落としてしまった。

やくざの抗争から国同士の戦争まで、結果、勝てば官軍という争いには当然、ルールなどない。
それ故、そこには卑怯もへったくれもなく、どんなに喧嘩の強さで名高いワルだとしても、抗争に個人の力だけで勝つ、などというのは、漫画の中のだけの絵空事である。

つまり、アウトロー「個」の素手ゴロの強さだけで野心を満たしてゆく道の先は必ず袋小路、はっきりと書けば《死》が待っているわけだ。

まさに定石通り、

《強い者は殺られる》

のである。

大きな組織に属して数を頼り、より深い闇に潜み、その極道《きわめみち》を往くか、もしくは牙を捨て、堅気になって《丸く》なるかーーー。

そう考えると、BDに出ている男達は《メディアに出てきている時点で》いくら殴り合いが強かろうが「本物」や「現役」ではなく、更に彼ら各々の強さがプロとなった朝倉未来に到底及ばないことは、既に複数の動画が証明している。

エンタメやショーとしては《団体にもよるが》プロレスに劣り、真剣勝負としては、プロのボクシングやキック、総合格闘技に劣る。

そんなクオリティの争いを見るのは、

《今日、たまたま街中でヤンキー同士が殴り合いの喧嘩をしているのを見かけた》

そんな程度と頻度で十分だと思う。

それが《あくまで個人的な》筆者のBD評であり、筆者がBDを見ない理由なのだ。


時代を体現した矢吹ジョー。

Photo by linen_on

いわゆる俗世の成功を目的としてBDの試合に出場するヤンキー達に比して、格闘技系アスリートには強くなる為に研鑽を重ねる「道」があり、定められた「ルール」があり、その範疇で工夫し、磨き、突き詰めてゆける「技術」がある。

ブックがあると言われるプロレスの中にも、プロレスラー各々の美学、受け攻めの技術がある。

人生を丸ごと賭けて、1つの道を突き詰めようとする「求道者」が魅せる輝きは、それがどんなジャンルであれ、見る者を虜にするものだ。  

とはいえ、《よど号ハイジャック犯》をはじめ、昭和の若者達が強烈に惹かれた「あしたのジョー」の主人公、矢吹ジョーが往く道は、現代の格闘系アスリート達が突き詰めるそれとは少し、趣が異なる。

彼がひたむきにボクシングと向き合い、それに人生を賭けたことは、間違いがないだろう。

ただ、彼がボクシングをする理由は、青春や命を燃やすためーーーつまりは充足感のためだ。 
それも、細々と長生きをする中で、家族の温もりから得る穏やかな其れではなく、今燃え尽きても構わないので、この刹那、極限まで輝きたいという類の充足感である。

《でも別に昭和に限らず、矢吹ジョーに限らず、現代の創作作品にだってそんなキャラは山ほどいるよ?「麦わらのルフィ」なんか、まさしく命懸け、崖っぷちの連続じゃない?》

ふむ、、、確かにそうだ。

ただ、《麦わらのルフィ》にしろ、《幕之内一歩》にしろ、《竈門 炭治郎》にしろ、やはり平成や令和に描かれた漫画作品の主人公からは、どうしたって感じられない何かが、間違いなく《あしたのジョー》ひいては《矢吹ジョー》にはあるのだ。

それは恐らくは、昭和という時代を背景にした、主人公が背負う《哀愁》と《孤独》。

いわゆる《存在としての儚さ》である。

矢吹ジョーは、昭和の住人である我々から見れば、この上なく生々しく、胸が痛くなるほどに儚く、そして、息をのむほどに美しい。

天涯孤独な身の上も、殺伐としながらも明るいドヤ街での暮らしも、その激しい気性や物言いも、カラッとした無邪気さも、美しい瞳や長いまつ毛も、戦友への優しさや義理堅さも、地を這うような生き様も、流す血や汗や、そして、腰を降ろすブランコや、身に纏う帽子や、長いコートでさえーーー。

その1つ1つから、リアルな昭和の匂いがする。
その全てに、昭和のセンチメンタルがある。

孤独と死の影を一身に背負った、不器用で美しいその不良少年が身に付けた唯一の表現方法は、「ボク
シング」と呼ぶには余りに凄惨だ。

そう、あれこそがまさしく《拳闘》なのだろう。

スポーツとは一線を画す、拳闘という生き様。
命の耐久力を試すような、壮絶な殴り合い。

亡くなった際、実際にファンによる葬儀が行われたというライバルキャラ、力石徹にしてもそうだが、矢吹ジョーはもはや漫画の1キャラという範疇を遥かに超え、魂を揺さぶる存在として、燦然と、昭和史に刻まれている。

それも、現代におけるアスリート、求道者としてではなく、昭和という時代を体現する、あまりにも魅力的な1人の男として、である。

世俗的な成功には一切興味がなく、普通の男の幸せさえ《対戦相手である力石の死によって完全に》放棄し、刹那に生きる彼。

《燃え尽きるまで殴り合う》

それ意外に選択肢や往く道を持たない、流れ星のような生き様が放つ光茫の、何と鮮烈なことか!

無論、同じく刹那的に生きたとはいえ、現実に大罪を犯した罪人であり、偏った主義者である日本赤軍を称賛する気は全くない。

ただ、これから死地に赴く若きテロリスト達が感情移入できる作品がその時代にあったとすれば、それはまさしく《あしたのジョー》であり、矢吹ジョーの生き様だったであろう。

そして、それから半世紀ーーー。

連載終了から50年以上の時を経ても尚、「あしたのジョー」の金字塔は揺るがない。

梶原一気×ちばてつや
 
物語と作画、それぞれの天才が2人、完璧な化学反応を起こした奇跡の作品「あしたのジョー」。

恐らくは未来永劫《空想の産物である》矢吹ジョーを超える魅力を持つボクサーは、生み出されないし、無論、現れもしないであろう。

・・・・否。
そう、否、なのである。

2024年、現在、令和の日本に・・・。

ちょっとにわかには信じられない話だが、架空の創作物の、架空のキャラクターである矢吹ジョーの輝きを遥かに上回るまばゆい存在が、あろうことか、何と、現実のリングに、生身の人間として存在するのである!

「事実は小説より奇なり」を地で往くそのボクサーの名は、井上尚弥。

以降、世界中のボクシング関係者やスポーツメディアから、《怪物~モンスター~》と畏怖されるスーパースターに、触れてゆこうと思う。


ボクシングに常軌を逸して誠実な少年。

Photo by yoshizuka

近代において、筆者が個人的に「ヒーロー像」の変化を最も実感したのは、競走馬「ディープインパクト」の出現だ。

ハイセイコーとオグリキャップ。

それまでの国民的人気馬2頭《競馬サークルを超えて、社会に広く認知されたアイドルホース》は、両馬共に、その凄まじい下克上ぶりで、一般大衆の圧倒的な支持を得た。

つまり、安価な、血統も良くない、地方競馬出身の雑草のような馬が、中央へ乗り込み、高額な良血馬達、エリート共を楽々とブッちぎる構図である。

ところがディープインパクトは、父が当時のリーディングサイアー、サンデーサイレンスで、デビュー時からその鞍上には、リーディングジョッキー、武豊を配していた。

つまりは、ハイセイコーやオグリキャップに比すれば、遥かに良家のお坊っちゃん、関西風に言えば、「ええとこのボンボン」なのである。
 
我々のような庶民が感情移入し、目の色を変えて応援するには、余りに背景が弱いではないか?

しかしながら、ディープの無敗の3冠達成や、凱旋門賞への挑戦は、20世紀最高の名馬ランキングで1位に輝いた前3冠馬、ナリタブライアンの印象さえ、一気に薄める程の社会現象となった。

圧倒的に強く、凡走は殆どせず、しかも故障をしない、ほぼ完璧、理想的なサラブレッドーーー。

そう、ディープは、見る者に感情移入されるような背景や要素、ドラマや個性を、全く必要としない稀有な競走馬だった。
ただただその圧巻の走りが、強さが、強烈な輝きを放ち、たちまちメディアや民衆はハートを鷲掴みにされてしまったのである。

そしてそれは本日の本題、モンスター、井上尚弥にも、ほぼ当てはまると言ってよいだろう。

日本ボクシング史上、最高、最強の男にして、観客動員の上でも、興行収入上でも、PPVでも、ファイトマネーでも、SNSのPVでも、他を寄せ付けない圧倒的な数字を稼ぐ男。

《モンスター》と称され、世界的にその強さが認知される、現役にして、既に伝説的な英雄。

まさにボクサーの理想形、完成形ともいうべき日本が誇る彼は、例えば過去のレジェンドボクサーである辰吉丈一郎や具志堅用高に比すれば、ドラマや個性や背景は、明らかに弱い。

見た目は、なかなかのイケメンではある。

ただトークも立たないし、試合前後のマイクパフォーマンスもそれほどしない。

更にいえば、元世界チャンプ、及び、有名ボクサーの息子や血縁というわけでもないし、矢吹ジョーのように天涯孤独でもないし、社会の底辺であるドヤ街から、地元では有名な不良少年時代を経て《辰吉丈一郎パターン》のし上がってきたわけでもない。

彼に話題性があったとすれば、親子鷹でボクシングに打ち込んできた、という点くらいだろうが、それとて、お父上は塗装業や賃貸住宅を営んでいる普通の家庭のパパだから、インパクト抜群の亀田パパに比すれば、多少、パンチには欠けるだろう。

しかしながら、ただ1点だけ。
彼には、常軌を逸していた点がある。

それは、ボクシングに対しての《誠実さ》だ。

父の教えを守り、真摯に、愚直に、頑なに、何年も何年も、少年時代からひたすら反復に継ぐ反復を積み重ね続け、井上尚弥はボクサーとしての基本動作をとてつもない高次元で体得し、他に類を見ない強靭な下半身と、それに伴う爆発力を築きあげた。 

プロデビュー前の高校時代、彼がどれくらい突き抜けて強くなっていたか、元世界チャンプの証言を例にあげてみよう。

高校2年生となった井上とスパーリングをしたところ、「ボコボコにやられた」。当時、世界チャンピオンの八重樫氏は「すごく悲しかった。最初ジャブの差し合いをするんですけど、ジャブの固さが尋常じゃなかった。4ラウンドのスパーリングでしたけど、判定負けでしたね」と高校生にまさかの敗戦を喫したと明かした。その後、井上の強さがトラウマになってしまった八重樫氏。井上が稽古で訪れるたびに、「すごい嫌だった」と本音を漏らした。練習を申し込まれると、仕方なく「おー。いいよ」と先輩風を吹かせて受けるも、またボコボコにされたという。その時、井上にはライバルがおり、そのライバルのファイトスタイルが八重樫氏に似ていたため、井上の練習相手として指名を受けることが多かった。八重樫氏は「本当にいい迷惑でした」と苦笑いを浮かべて振り返った。

サンケイスポーツより抜粋

現役の世界チャンプ《しかも3階級で世界チャンプになる名王者・八重樫東》が、高2のアマチュアに、ボコボコにされたというのだ!《ジム関係者の間では、デビュー前からそのスパーリングでの異様な強さが話題になっていたそうだ》

つまり17歳や18歳の時点で、早くも彼はボクシング道、究極の《求道者》として、遥かなる高みに到達していたのである。

以降、彼によって達成された偉業は皆さん、ご存知の通りだ。

  • 高校ボクシングの主要タイトルを総ナメ。

  • プロで世界チャンピオンに。

  • WBSSバンタム級を優勝《日本人初》

  • 4階級を制覇。

  • 2階級で4団体を統一《4団体統一自体日本人初》

  • パウンドフォーパウンド1位に指名《日本人初》

  • 東京ドーム興行《満員》のメイン《日本人初》

そして、31歳の現在、井上尚弥の戦績は、27戦27勝24KO、いまだに無敗ーーー。

・・・とまぁ、彼が紡いできた軌跡と奇跡は《まだまだあるがw》これまで様々なメディアや書き手が擦りに擦ってきているので、敢えてここでは簡略に済ませたが、それにしてももはや、ジョーどころの騒ぎではない!
《漫画や小説の主役でさえ、こんなチートな戦績には設定されないだろう》

それほどの境地に立っているからこそ、彼、井上尚弥は、ディープインパクトと同様、余分なものを全く必要としないのだ。

《ボクサーはリングの上で、技術と強さ、ボクシングの魅力を体現すればそれでいい》

存在証明《レゾンデートル》は、強さでのみ示す。
まさに、怪物が怪物と呼ばれる所以である。 


我が往くは遥かなる高み。

Photo by teruki1

野球の大谷翔平。
将棋の藤井聡太。
競馬のイクイノックス。
そして、ボクシングの井上尚弥。

令和の日本のヒーロー像に共通するのは、存在として《チートすぎる》ということである。
彼らには、一体、どんな景色が見えているのか、凡人の極みにいる筆者には想像もつかないが、1つだけ言えることは、彼らと同時代を生き、リアルタイムで伝説に立ち合える我々、現代の日本人は《観客としては》相当に幸運、幸福であろう。

しかしながら、我々ボクシングファンに夢を見続けさせてくれた井上尚弥も、もう31歳。

キャリアはこれから佳境、最終章へと入っていくわわけで、彼が今後どんな相手と戦い、どんな選択肢を選んでゆくのか本当に楽しみな反面、一抹の寂しさも覚える筆者である。

そう遠くない未来《恐らくは5、6年後》怪物はリングを降り、グローブを壁に吊るす。

だから、強さのピーク、最盛期にいる井上尚弥をリアルタイムで目撃してきた人間として、筆者は声高に、ここに明記しておく所存である。

軽量級の評価が低い海外《特に欧米》メディアの中には、
 
《彼はこれまで《弱い相手》としか戦っていない》
 
などという無知丸出しなことを、恥ずかしげもなく書くバカな記者がいる。

だからここに、ノニト・ドネアというボクサーの戦績を通して、分かりやすく明記しておく。

モンスター・井上尚弥が、師匠である大橋会長同様《大橋会長は史上最強のストロー級王者、リカルド・ロペスと拳を交えている!》逃げることを一切せず、戦い、勝利を重ねた戦績の中でも、特筆すべき相手を!称えられるべき圧勝を!

ノニト・ドネアNonito Donaire1982年11月16日 - )は、フィリピン出身のプロボクサー。元IBF世界フライ級王者。元WBA世界スーパーフライ級暫定王者。元WBCWBO世界バンタム級統一王者。元IBF・WBO世界スーパーバンタム級統一王者。元WBA世界フェザー級スーパー王者。元WBA世界バンタム級スーパー王者。世界5階級制覇王者。アジア人として初めて主要4団体(WBA・WBC・IBF・WBO)全てで世界王者となった人物。

Wikipediaより抜粋

フィリピンの閃光《フィリピーノ・フラッシュ》と称されるノニト・ドネアは、世界的なスーパースターであり、もはや伝説のボクサーである。

必殺の左フックは、まさに《閃光》。

確かに最新の試合では衰えが顕著に見られるが《2023年7月、最新の試合でKO負け。恐らくは井上との2戦目で壊された感がある》 ただ、井上尚弥と戦った2戦目の時点では、まだ彼はピークの強さを《ギリギリ》維持していた可能性が非常に高い。

その理由は、その前の2戦である。

2021年5月29日
◯4R 1:52 KO勝ち
ノルディーヌ・ウバーリ

元バンタム級世界王者。井上尚弥の弟、井上拓磨《現世界王者》にも勝っている。ドネアと対戦した時点で、戦績15戦15勝12KO。

2021年12月11日
◯4R 2:59 KO勝ち
レイマート・カバリョ

元バンタム級暫定世界王者。ドネアと対戦した時点で、戦績24戦24勝22KO。

これだけ強い相手2人をKOで下し《ピークを維持した》彼は再び、井上尚弥の前に立ったのである。

では、本当にピークのドネアとは、一体、どれくらいの強さだったのか?

ドネアは長きその戦歴の中で、数多くの高名な世界チャンプたちをリングに沈めてきたのだが、特にこの3戦をピックアップすれば《特に日本の方は》彼のえげつない強さがよく分かると思う。

2011年2月19日
◯2R 2:25TKO
フェルナンド・モンティエル
 
無敵のチャンプだった日本のエース、長谷川穂積の顎を砕き4回KO勝ち、11度目の防衛を拒んだ世界的強豪。3階級制覇王者。その強さから、通称「Cochulite《狼》」と呼ばれる本物中の本物。

2011年10月22日
◯12R判定3-0 
オマール・ナルバエス

「El Huracán(ハリケーン)」の愛称を持つ強豪中の強豪。フライ級、スーパーフライ級で、共に10回以上の防衛記録を持ち、10年を越える長きに渡り世界王者に君臨した、アルゼンチンの英雄。

2012年10月13日
◯9R 1:54TKO
西岡利晃

日本人として、本場、米国のマットでメインを張った、不屈の名サウスポー。辰吉を破壊した怪物、ウィラポンに4度挑み、4度跳ね返されたものの、その後WBCバンタム級の世界チャンプに載冠、7度防衛し、名誉王座を認定された伝説の日本人ボクサー。後に長谷川穂積を2回KOで下すメキシコの強豪、ジョニー・ゴンザレスを《通称ジョニゴン》なんと彼の地元、メキシコで2回KOで沈め、その恐るべき左ストレートは《モンスター・レフト》と称された。

・・・ノニト・ドネアとは、この3人を下している、まさに世界最高峰のボクサーであり《しかもその時点で、本当のピークは過ぎていた感もある》並の日本人チャンプであれば、戦うことさえできないような、そんなビッグネームなのだ。

そのドネアに、なんと井上尚弥は2度も勝ち、しかも2戦目は2RKOと、驚愕の楽勝っぷりである。

更に追記するなら、ドネアが12R判定で倒したアルゼンチンの英雄、オマール・ナルバエス《10年間負けなし》を、井上はなんと、たったの2Rで粉砕しているのだ!!

そして今年5月、名王者だった《神の左》山中慎介を《ドーピングや体重超過があったとはいえ》2度破ったメキシコの悪童、元世界2階級制覇王者のルイス・ネリを、東京ドームで圧倒したのは、皆さんの記憶にも新しいだろう。

どうだろう?

これでも彼は、弱い相手としか戦っていないだろうか?《まるきり逆である》

その他、井上尚弥が葬ってきた現役の世界チャンピオン、元世界チャンピオン、その後、世界チャンピオンになった強豪たちを挙げれば、彼のマッチメイクのポリシーは一目瞭然である。

  • 田口良一
    《元ライトフライ級2団体統一世界王者》

  • アドリアン・エルナンデス                                  《元ライトフライ級世界王者》

  • 河野公平                                                                    《元スーパーフライ級世界王者》

  • ジェイミー・マクドネル                                      《元バンタム級世界王者》

  • ファン・カルロス・パヤノ                                  《元バンタム級世界スーパー王者》

  • エマヌエル・ロドリゲス                                      《元世界バンタム級王者》

  • ジェイソン・モロニー                                          《元バンタム級世界王者》

  • ポール・バトラー                                                  《元バンタム級世界王者》

  • スティーブン・フルトン                                      《元スーパーバンタム級2団体統一世界王者》

  • マーロン・タバレス                                              《元スーパーバンタム級2団体統一世界王者》

まさに《強い相手としかやらない》という矜持を感じる相手ばかりではないか?
これら強豪にKOで勝ってきたからこそ《田口良一を除く》彼は《怪物》なのだ。  


《怪物の翼》を語り継ぐ特権。

Photo by sinkin_lab

恐らく、野球の大谷翔平同様、ボクシングというスポーツが続く限り、未来永劫、井上尚弥の偉業は輝き続けることだろう。

いずれ、今若い読者の皆様が老いた時、次の世代の若者たちから、必ず、こんな質門をぶつけられる日が来る。   

《大谷翔平って、そんなに凄かったんですか?》《井上尚弥って、そんなに凄かったんですか?》

我々世代が、長嶋茂雄や王貞治の輝きを。
ファイティング原田や具志堅用高の強さを、人生の先輩に尋ねたように。

そして、落合やK・K コンビや野茂や松井やイチローの伝説を、はたまた、辰吉丈一郎のドラマを、後続に伝えたように。

どうか若い皆さんも、語りべとして、怪物・井上尚弥の奇跡を、次の世代に語り継いで欲しい。

彼がその黄金の翼で、遥かなる高みを翔ぶその間に、ピークを維持する間に。

次の伝説候補、中谷潤人が間に合うこと《仕上がること》を切に祈りつつ、この長文を〆たいと思う。

井上尚弥の次戦まで、あと1ヶ月弱。

幸福な時間は、まだ終わらない。

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