腱板修復術後の肩関節リハビリテーションにおけるキネマティクス・バイオフィードバックを活用したISEOプログラムの詳細解説
はじめに
腱板修復術後のリハビリテーションは、肩関節の正常な運動機能を回復させるために非常に重要です。特に**肩甲骨運動障害(scapular dyskinesis)**の評価と治療は困難であり、再発や慢性化のリスクを伴います。これを克服するために開発されたのが、**INAIL Shoulder and Elbow Outpatient Program(ISEOプログラム)**です。ISEOプログラムは、リアルタイムのキネマティクス・バイオフィードバックを活用し、運動パターンの修正を促進する新しいリハビリテーションアプローチです。
この記事では、ISEOプログラムの構成、具体的なエクササイズ、バイオフィードバックの活用方法、そしてその効果について詳しく説明します。
ISEOプログラムとは
ISEOプログラムは、装着型慣性センサーを利用して肩関節の運動をリアルタイムで評価し、そのデータを視覚的フィードバックとして患者と理学療法士に提供します。これにより、患者は自分の運動パターンをその場で確認し、修正することが可能になります。
1. センサーシステムの概要
ISEOシステムは以下の部位にセンサーを装着します。
• 胸郭
• 肩甲骨
• 上腕骨
• 前腕
センサーは運動データを取得し、リアルタイムで肩関節と肩甲骨の動きを可視化します。
可視化されるデータは、
1. 角度-角度プロット(肩甲上腕関節の動きと肩甲骨の回旋の関係を示す)
2. 時間プロット(運動中の関節角度の変化を時系列で表示する)
の2種類があります。
2. 視覚的フィードバックのメリット
• 運動パターンの自己認識向上
• 代償動作の早期発見と修正
• 患者のモチベーション向上
リハビリテーションプロトコルの詳細
ISEOプログラムは、運動の難易度に応じて4つのエクササイズグループで構成されています。それぞれのグループは、肩甲上腕関節と肩甲骨の特定の運動パターンをターゲットにしています。
グループ1:矢状面での運動
目的:肩関節の屈曲・伸展運動中の肩甲骨の動きを正常化する。
主なエクササイズ
1. Bobathボールを使ったアシスト付き屈曲・伸展
• 開始位置:患者はBobathボールに手を置き、肩を90°まで屈曲させる。
• 実行方法:ボールを前方に押し出しながら肩を屈曲させる。
2. スティックを使ったアクティブアシスト運動
• 開始位置:スティックを両手で持ち、肩幅程度の距離を取る。
• 実行方法:健側の腕を使って肩を屈曲。最大可動域まで誘導する。
3. ラバーバンドを使った屈曲運動
• ラバーバンドを軽く引っ張りながら肩の屈曲運動を行い、外旋筋(棘下筋・小円筋)を同時に活性化する。
グループ2:肩甲面での運動
目的:肩関節外転運動中の肩甲骨の安定化と肩甲胸郭の協調運動を改善する。
• エクササイズA:Bobathボールを用いて肩甲面でのアクティブアシスト運動
• エクササイズB:ラバーバンドを使った外転運動
• エクササイズC:自重または負荷を追加したオープンチェイン運動
グループ3:外旋・内旋運動
目的:回旋筋腱板の強化と肩甲骨の動的安定性を高める。
• エクササイズA:肘を体側に固定しながら外旋・内旋運動を行う。
• エクササイズB:肩関節90°屈曲位での外旋・内旋運動。
• エクササイズC:肩関節90°外転位での外旋・内旋運動。
グループ4:肩甲胸郭運動
目的:Serratus anteriorや僧帽筋中部・下部を強化し、肩甲骨の動きを改善する。
• エクササイズA:プッシュアップ(変化する負荷レベルで実施)
• エクササイズB:肩甲骨のプロトラクション・リトラクション運動
実施ガイドライン
ISEOプログラムの効果を最大限引き出すため、以下のガイドラインが設定されています。
1. 評価と計画
• 可動域(ROM)の評価、痛みの有無、姿勢制御能力を評価し、適切なエクササイズレベルを選択する。
2. エクササイズの導入
• 運動の実演とフィードバック画面の説明を行い、患者に視覚的な目標を設定する。
3. 修正と介入
• 不適切な動作や代償動作が見られた場合は、セラピストが物理的・言語的なガイダンスを提供し、負荷を調整する。
4. 負荷の進行
• 負荷は段階的に増やし、各エクササイズは無痛で10回連続して実施できる場合に次のレベルに進む。
• ゴムバンドは**黄(軽負荷)→橙→緑→青(高負荷)**と段階的に負荷を上げる。
効果と可能性
ISEOプログラムは、肩甲骨運動障害に特化した初の包括的なリハビリテーションプログラムです。リアルタイムのキネマティクスデータを利用することで、以下の効果が期待されます。
1. 運動パターンの迅速な修正
2. 患者の自己管理能力向上
3. 短期的(90日)および中期的(1年)での運動機能改善
特にScapula-Weighted Constant-Murley ScoreやDASHスコアでの改善が予想され、患者の機能的アウトカムが向上する可能性があります。
結論
ISEOプログラムは、肩甲骨運動障害のリハビリに新たなアプローチを提供し、従来の方法では得られなかった運動パターンの修正をサポートします。ランダム化比較試験によるさらなる検証が必要ですが、将来的にはリハビリの標準化された方法として普及する可能性があります。
論文名
Shoulder Rehabilitation Exercises With Kinematic Biofeedback After Arthroscopic Rotator Cuff Repair: Protocol for a New Integrated Rehabilitation Program