ストレス分布パターンの解析:回旋筋腱板断裂時の烏口肩峰弓における変化
回旋筋腱板断裂(rotator cuff tear)は、肩関節における運動機能を大きく損なう疾患であり、その主要な原因の一つは烏口肩峰弓(coracoacromial arch)でのインピンジメントです。肩関節の運動中に、肩峰や烏口突起にかかる力が変化し、長期間にわたる力の分布が骨密度の変化として現れます。本研究の目的は、**CT骨吸収測定法(CT osteoabsorptiometry)**を用いて、正常肩と回旋筋腱板断裂肩の烏口肩峰弓におけるストレス分布パターンを比較し、その違いを明らかにすることです。
研究方法
1. 対象者
• 正常群:健康な成人8名(男性5名、女性3名、平均年齢59.1歳)
• MRIで肩関節病変がないことを確認。
• 回旋筋腱板断裂群:回旋筋腱板断裂患者11名(男性8名、女性3名、平均年齢42.4歳)
• 全員が術前にCTスキャンを受け、術中所見で回旋筋腱板断裂が確認されました。
2. 使用機器と解析方法
CT撮影は高解像度ヘリカルスキャナーを用い、肩峰下面および烏口突起の後外側面の骨密度を測定しました。
• **Hounsfield Unit(HU)**で骨密度を評価し、9段階に分けて表現しました。
• 骨密度の高い部位を「高密度領域」とし、その分布パターンをマッピング画像で視覚化しました。
• 肩峰下面は前部・中部・後部に分類し、それぞれを外側と内側に細分化して6つの領域で%高密度面積(%HDA)を算出しました。
結果
1. 肩峰下面のストレス分布パターン
• 正常群では、7例が後部型(肩峰下面後部に高密度領域が集中)であり、前部型は1例も確認されませんでした。
• 回旋筋腱板断裂群では、8例が前外側型、3例が前部型であり、後部型は見られませんでした。
特に前外側部の%高密度面積(%HDA)が正常群と比較して有意に高い結果が得られました(p < 0.05)。これは、長期間のインピンジメントによる前外側部でのストレス集中を反映していると考えられます。
2. 烏口突起のストレス分布パターン
• 正常群では、7例が基部型(烏口突起基部に高密度領域が集中)であり、外側型や上部型は確認されませんでした。
• 回旋筋腱板断裂群では、6例が外側型、4例が上部型、1例が基部型でした。
外側型は烏口突起先端および後部にストレスが集中しており、**烏口下インピンジメント(subcoracoid impingement)**が原因である可能性が示唆されました。
考察
1. 肩峰下面のストレス変化とインピンジメント
正常肩では肩峰下面後部にストレスが集中するのに対し、回旋筋腱板断裂肩では前部から外側部にストレスが集中していました。これは、肩峰下面の前外側部での長期的なインピンジメントが骨密度の増加を引き起こした可能性があります。
• Neerの理論(肩峰下面の前1/3でインピンジメントが起こる)を支持する結果と一致しています。
2. 烏口突起のストレス変化とインピンジメント
本研究では烏口突起のストレス分布も回旋筋腱板断裂肩で大きく変化することが確認されました。特に外側型と上部型が見られたことから、以下のメカニズムが示唆されます。
• 上部型:烏口肩峰靭帯の過剰な緊張による牽引力が原因。
• 外側型:烏口下インピンジメント(上腕骨頭と烏口突起先端部との衝突)による直接的なストレスが原因。
これらの知見は、術前評価や術中操作(肩峰形成術や烏口形成術)の計画立案において重要な情報を提供します。
結論
CT骨吸収測定法は、烏口肩峰弓における長期間のストレス分布を評価するための有用な方法であり、正常肩と回旋筋腱板断裂肩のストレス分布パターンには明確な違いが確認されました。
• 肩峰下面では前部から外側部へのストレス集中が特徴的。
• 烏口突起では外側型および上部型のストレス分布が観察され、インピンジメントの関与が強く示唆されました。
これらの結果は、術前にインピンジメントの正確な評価を可能にし、治療計画の最適化に役立つものです。今後、さらに多くの症例を対象とした研究が必要です。