部分層断裂(Partial-Thickness Rotator Cuff Tears)の診断と治療
1. はじめに
部分層断裂(Partial-Thickness Rotator Cuff Tears, PTRCT)は、肩関節の病変の中でも特に診断や治療が難しいものの一つです。この病態は、腱の変性や圧迫による損傷が進行し、完全断裂に至る前の状態と考えられています。本記事では、PTRCTの病態、診断、治療方針について最新の知見を基に解説します。
2. 病態生理と発生機序
PTRCTの病態生理にはいくつかの理論があります。
• 内因性要因(Intrinsic Tendinopathy)
腱の加齢変性や微小循環障害によって組織が脆弱化し、断裂が進行するという考え方です。腱炎(tendinosis)の段階から進行し、部分層断裂へと移行するとされています。
• 外因性要因(Extrinsic Compression)
肩峰(acromion)や上腕骨頭(humeral head)との機械的な圧迫が関与するとする理論です。圧迫の程度が強まると、腱炎から部分層断裂、最終的に全層断裂へと進行します。
• 内在性インピンジメント(Internal Impingement)
主に投球動作を行うアスリートに見られる病態で、肩関節の反復的な外旋や過伸展によって腱が関節内で挟まれ、損傷が進行すると考えられています。
• 過剰な求心性収縮(Eccentric Contraction)
若年者では、肩周囲の筋肉が過剰に収縮することにより、腱にストレスが加わり断裂が生じることがあります。特にスポーツ活動による影響が大きいとされています。
3. 診断
(1)臨床症状
PTRCTの主な症状は以下の通りです。
• 運動時の痛み:肩の挙上時に痛みが発生し、特に「ペインフルアーク(painful arc)」において痛みが顕著になります。
• 夜間痛:特に肩を下にして寝ると痛みが増強します。
• 局所圧痛:三角筋の下部(subdeltoid region)に圧痛を認めることが多いです。
• 筋力低下:特に外旋筋や肩の挙上筋群(主に棘上筋)が弱化します。
(2)理学所見
• インピンジメント徴候(Neerテスト、Hawkins-Kennedyテスト):陽性の場合が多い。
• 抵抗下筋力テスト(Resisted Manual Muscle Testing):外旋や外転時の疼痛や筋力低下がみられます。
• 局所麻酔テスト:肩峰下(subacromial)への局所麻酔注射で一時的に痛みが軽減することが診断の補助になります。
(3)画像診断
• MRI:最も有用な画像診断法であり、腱の菲薄化や部分断裂を評価できます。
• 超音波検査:リアルタイムで腱の状態を確認でき、動的評価にも優れています。
• X線:肩峰の形態異常や関節症変化の評価に有用ですが、腱の損傷は直接評価できません。
4. 治療
PTRCTの治療方針は、病態の進行度や患者の活動レベルに応じて異なります。
(1)保存療法(軽度~中等度の断裂)
• 安静と活動制限:痛みが強い場合は、一時的に負荷を減らします。
• 理学療法:肩甲骨の安定化、インナーマッスルの強化、柔軟性向上を目的とした運動療法が推奨されます。
• NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬):炎症と疼痛のコントロールに有効。
• ステロイド注射:症状が強い場合、一時的な鎮痛目的で使用することがありますが、腱の変性を悪化させる可能性もあるため注意が必要です。
(2)手術療法(高度の断裂や保存療法で改善しない場合)
• 関節鏡視下デブリードマン(Arthroscopic Débridement)
• 投球選手などの若年者では、断裂が関節面に限局している場合、デブリードマンのみで良好な成績が報告されています(Andrewsらの報告では85%が良好または優れた結果)。
• 肩峰下除圧術(Arthroscopic Subacromial Decompression, ASD)
• 腱の表層(関節面と滑液包面の両方)に及ぶ場合、ASDを併用することで改善が期待できます。
• 腱縫合術
• 断裂が腱厚の50%以上に及ぶ場合、腱縫合術が推奨されます(Milneらの報告)。
• 肩関節不安定性を伴う場合の治療
• 関節不安定性(Glenohumeral Instability)を伴う場合、まず不安定性を矯正し、その後に腱修復またはASDを行います。
5. まとめ
部分層断裂(PTRCT)は、さまざまな病態生理によって引き起こされる肩関節の病変です。診断には詳細な病歴聴取、理学所見、画像検査が必要であり、治療は病態の進行度や患者の活動レベルに応じて選択されます。保存療法が第一選択ですが、50%以上の腱厚損傷を伴う場合や症状が強い場合は、関節鏡視下手術が有効です。理学療法士としては、保存療法の重要な役割を担い、適切な運動療法の提供が求められます。