肘関節の屈曲が肩関節屈曲時の肩甲骨運動と筋活動に与える影響



概要

肩甲骨の上方回旋(scapular upward rotation, UR)の低下と、前鋸筋(serratus anterior, SA)および下部僧帽筋(lower trapezius, LT)の活動低下は、肩峰下インピンジメント症候群(subacromial impingement syndrome, SAIS)を持つ患者によく見られる。今回の研究では、肩関節屈曲時に肘関節を屈曲させることで、肩甲骨の上方回旋が増加し、より適切な筋活動パターンが得られるかどうかを検討した。

研究の目的

本研究は、肩関節屈曲時の肘関節の姿勢(肘伸展 vs. 肘完全屈曲)が、肩甲骨の上方回旋と肩甲骨筋群の筋活動に与える影響を比較することを目的とした。特に以下の仮説を検証した:
1. 肘完全屈曲(Flexion-EF)時には、肘伸展(Flexion-EE)よりも肩甲骨の上方回旋が大きくなる
2. Flexion-EFでは、SAおよびLTの筋活動が増加し、上部僧帽筋(upper trapezius, UT)の活動が低下する
3. Flexion-EFでは、UT/SAおよびUT/LTの筋活動比がより望ましい値になる

方法

被験者
• 健康な22名(男性15名、女性7名)
• 平均年齢:26.8歳
• 参加条件:肩関節屈曲の可動域が160°以上であり、肘関節の完全屈曲が可能な者
• 除外基準:過去2年間に肩または肘の痛み、脱臼、骨折、手術歴がある者

実験手順

被験者は2つの条件で肩関節屈曲運動を実施した:
1. Flexion-EE(肘伸展): 立位で腕を体側に下ろした状態から、肘を伸ばしたまま肩関節を120°まで屈曲
2. Flexion-EF(肘完全屈曲): 立位で腕を体側に下ろした状態から、肘を完全に屈曲したまま肩関節を120°まで屈曲

肩甲骨の上方回旋はEasyAngle電動ゴニオメーターで測定し、前鋸筋・僧帽筋(上部・中部・下部)の筋活動は**表面筋電図(EMG)**を用いて評価した【5】。

結果
1. 肩甲骨の上方回旋
• Flexion-EFの方がFlexion-EEよりも有意に大きな上方回旋を示した(p < 0.001)。
• 平均上方回旋角度:
• Flexion-EE: 32.3°
• Flexion-EF: 37.6°
2. 筋活動(%MVIC)
• SAの活動が有意に増加(p < 0.01)
• Flexion-EE:12.2% → Flexion-EF:18.2%
• UTの活動が有意に減少(p < 0.01)
• Flexion-EE:11.7% → Flexion-EF:4.1%
• UT/SA比が有意に低下(p < 0.01)
• LTの活動は有意差なし

考察

**Flexion-EFでは肩甲骨の上方回旋が増加し、SAの活動が増強される一方で、UTの活動が抑制された。**これは、肘関節を屈曲することで上腕三頭筋の受動的張力が増加し、肩甲上腕関節の可動域が制限されるため、代償的に肩甲胸郭関節の動きが増加するためと考えられる【5】。

また、UTの活動が低下したことは、肩関節の挙上時に肘が屈曲することでレバーアームが短くなり、僧帽筋の負担が軽減された可能性を示唆している。

一方で、LTの活動に有意な増加が見られなかった点については、SAが肩関節屈曲時の主な肩甲骨回旋筋としてより優位に働いたためと考えられる。また、Flexion-EFでは肘を前方に維持する動作が求められるため、肩関節の水平方向の動き(内転)が生じ、LTの関与が減少した可能性もある。

臨床応用

本研究の結果から、Flexion-EFは肩甲骨の上方回旋を促進し、前鋸筋の活動を高めながら僧帽筋の過剰な活動を抑制できるため、SAISのリハビリに有効なエクササイズである可能性が高い。

従来のリハビリでは、肩甲骨のポジションを意識的に修正するモーターコントロールエクササイズが推奨されてきた。しかし、Flexion-EFは簡単に実施でき、即時的に肩甲骨の運動パターンを改善できるため、より実用的な方法となる可能性がある。

実践のポイント
• SAISの患者や肩甲骨の上方回旋が低下している患者に推奨
• プッシュアップ・プラス(Push-Up Plus)などの前鋸筋トレーニングよりも負荷が軽く、初期リハビリに適している
• 肩関節屈曲時に肘を屈曲させるだけで肩甲骨の運動を変えられるため、簡単に導入できる

結論

肩関節屈曲時に肘を完全に屈曲させることで、肩甲骨の上方回旋が増加し、前鋸筋の活動が促進される一方で、上部僧帽筋の過剰な活動を抑制できる。本エクササイズは、SAISの患者や肩甲骨運動障害を持つ患者に対する有効なリハビリ手段となる可能性がある。

論文名
Bending the Elbow During Shoulder Flexion Facilitates Greater Scapular Upward Rotation and a More Favorable Scapular Muscle Activation Pattern

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