肩関節疾患患者のリハビリテーション:エクササイズごとの効果と選択基準~最大可動域、痛み、運動の難易度の詳細な比較~
背景
肩関節疾患では、関節の可動域(Range of Motion, ROM)の回復が重要な治療目標です。肩屈曲ROMは日常生活動作において重要な役割を担い、早期回復が求められます。従来、複数のエクササイズが提案されていますが、どのエクササイズが最も効果的かを比較する科学的な根拠は限られています 。
Rabinら(2021)の研究は、4つの主要な肩屈曲ROM回復エクササイズの有効性を比較することで、より効果的な運動処方のガイドラインを提供することを目的としています。
研究方法の詳細
参加者
• 対象者数:40名(女性9名)
• 年齢:平均47.9±16.1歳
• 診断:肩関節疾患(手術後の肩回復、癒着性肩関節包炎、肩腱板損傷など)
• 除外基準:
• 受傷肩の屈曲ROMが160°以上
• 立位が取れない
• リハビリ運動の禁忌がある
• 非患側の上肢が使用できない
実施した4つのエクササイズ
1. 自動介助屈曲(Self-Assisted Flexion)
• 仰臥位で両手を胸の上に置き、健側の手で患側を引き上げて最大可動域まで肩を屈曲させます。
• 特徴:オープンチェーン運動、筋活動が高い。
2. テーブルスライド(Table Slide)
• 座位で両前腕をテーブル上に置き、両手を組んで前方へ体幹を前傾させながらスライドします。
• 特徴:クローズドチェーン運動、支持面があり安定感がある。
3. フォワードボウ(Forward Bow)
• 立位でテーブルに両手を置き、肘を伸ばしたまま体幹を前屈させます。
• 特徴:クローズドチェーン運動、体幹の動きを利用して肩の可動域を拡大。
4. ロープ&プーリー(Rope-and-Pulley)
• 背中をプーリーシステムに向けて座り、健側でプーリーを引き上げて患側を最大屈曲まで引き上げます。
• 特徴:オープンチェーン運動、比較的筋活動が少ない。
評価方法
• 最大可動域:Kinoveaモーション解析ソフトを使用して計測
• 痛みの強さ:0~10の数値評価スケール(Numeric Pain Rating Scale, NPRS)
• 運動の難易度:0~4の自己評価スケール(0=難しくない、4=実施不能)
結果の詳細
最大可動域の比較
エクササイズ 平均可動域(°) 統計的有意差
フォワードボウ 123.1 ± 16.0 自動介助屈曲およびロープ&プーリーより有意に高い(P < 0.001)
テーブルスライド 121.2 ± 13.3 自動介助屈曲(P=0.005)、ロープ&プーリー(P < 0.001)より有意に高い
ロープ&プーリー 116.9 ± 16.2 自動介助屈曲との差はなし
自動介助屈曲 116.4 ± 18.4 ロープ&プーリーとの差はなし
痛みの強さの比較
エクササイズ 平均痛みスコア(0~10) 統計的有意差
フォワードボウ 5.1 ± 2.7 テーブルスライドと同等
テーブルスライド 4.4 ± 3.1 自動介助屈曲より有意に低い(P=0.002)
ロープ&プーリー 5.0 ± 2.9 自動介助屈曲より有意に低い(P=0.002)
自動介助屈曲 5.9 ± 2.6 最も高い痛みスコア
運動の難易度の比較
エクササイズ 平均難易度スコア(0~4) 統計的有意差
フォワードボウ 1.3 ± 0.9 テーブルスライドと同等
テーブルスライド 1.0 ± 0.9 自動介助屈曲より有意に低い(P=0.006)
ロープ&プーリー 1.5 ± 1.1 差はなし
自動介助屈曲 1.6 ± 1.2 最も高い難易度スコア
考察
1. 閉鎖的運動連鎖(Closed-chain exercises)の優位性
• フォワードボウとテーブルスライドは、体幹の動きを利用するため、肩の可動域が広がりやすい。
• 肩の支持面があることで、患者の心理的安全感が増し、運動への積極的な参加が促進される。
• 筋活動が低いため、過剰な痛みを引き起こすリスクが低い。
2. オープンチェーン運動(Open-chain exercises)の特徴
• 自動介助屈曲とロープ&プーリーは、肩関節周囲筋(特に回旋筋腱板や三角筋)の筋活動が高い。
• 特に自動介助屈曲では肩甲上腕リズムの制御が難しく、90°を超える屈曲で疼痛が生じるケースが多い。
• より高い難易度と痛みのため、初期段階での使用は避けた方が良い。
3. エクササイズ選択の実践的ガイドライン
• 初期リハビリでは、フォワードボウとテーブルスライドを中心に処方し、患者の可動域回復をサポートする。
• 進行段階では、筋力強化を目的としたロープ&プーリーや自動介助屈曲を導入し、より機能的な運動パターンの獲得を目指す。
臨床への応用
本研究は、肩関節疾患のリハビリにおいて「どの運動をどのタイミングで処方すべきか」を考える上で重要な示唆を提供します。可動域が制限されている患者には、痛みの少ない運動を優先し、段階的にプログラムを構築することで、より効率的な回復が期待されます。
【参考文献】
Rabin A, Maman E, Dolkart O, et al. Regaining motion among patients with shoulder pathology: Are all exercises equal? Shoulder & Elbow. 2023;15(1):105–112.