人生の勝敗とは?いや勝ち負けじゃなくて、貴方が幸せに生きたかどうかじゃない?
先日こんなツイートを目にした。
「お金持ちの子どもへの投資額に叶う気がしなくて、敗北者の子どもをつくるくらいなら産まないほうがいいと思ってしまう」
なるほど、確かに富裕層は子どもへの教育に潤沢に投資を行い、質の良い教育を受けた子どもはまた富裕層になって子どもをつくる。
逆に貧困層は子どもの教育費を捻出できず、結局子どもも貧困層になるという残酷な仕組みが出来上がっているのが現状だ。
上記のように思うのも無理はないだろうと、私は考える。
だが、こうも考える。
「そもそも人生における勝敗とはなんだろうか」
人生に勝敗はない、というのも私の一つの結論ではある。
しかし、敢えて人生における勝敗を定義するのなら、
それは「その人が如何にその人にとって幸せな人生を過ごしたか」ではないだろうか。
つまり、「幸せな人生を過ごした人が勝者で、不幸な人生を過ごした人が敗者である」という考え方だ。
もちろん人生は山あり谷ありであるから、自分の人生を総合的に見て「何だかんだ良かったな」と思えるくらいで良いことにしておく。
ここで大事なのは、必ずしもお金持ちだから勝者になるとは限らないということである。
もちろんお金持ちのほうが出来ることは増えるし、子どもにもたくさん投資ができるけれど、必ずしもそれが幸せに繋がるわけではない。
お金はあったほうがいいが、なくたって幸せになれないことはない。
もちろんあるに越したことはないが。
そもそも自分があと幾らあったら幸せになれるのか、理解できている人間は少数だろう。
1億?2億?10億?俺もわからん。
多分お金はいくらあっても足りない。人間の欲望には限界がないからだ。
なればこそ、勝者になるために、はたまた貴方の幸せのために、お金を使おうではないか。
お金持ちが自分の子どもに幾ら投資しようが関係ない。
貴方が子どもと過ごすことが幸せならそうすればいい。
子どもにお金を掛けたいならもっと稼いでもいいし、お金持ちの人を探してパートナーになるのもいい。
子どもを諦めて別の幸せを求めたっていい。
何をしたっていいのである。それがあなたにとっての幸せならば。
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