夏の一日(浅野浩二の小説)

智子は男勝りな女の子である。クラスメートに青木という男の子がいた。内気で弱々しい子だった。いつも何かにおびえているような弱々しい目をしていた。智子はよく青木にいろいろな難クセをつけ、からかい、いじめた。気持ちがスッとするのである。
 もうすぐ夏休みになるというある日曜日のこと、智子は縁側に出て日向ぼっこをしていた。するとヒラヒラと一羽のきれいなアゲハ蝶がやってきて智子の目の前の芝生にとまった。智子はそっとそれに近づいてアゲハを捕まえた。アゲハはジタバタしながら必死になってもがいている。それを見て智子の心にちょっと意地悪な気持ちがおこって智子は笑った。智子はアゲハを庭の木に張ってあった大きなクモの巣にくっつけた。アゲハはジタバタさかんにもがいている。もがけばもがくほど羽は糸にからみついた。
「ふふふ」
智子はそれを見て笑った。
(早くクモが出てこないかしら)
智子はしばらくの間、もがくアゲハを、ちょうど古代ローマの暴帝のような気持ちで眺めていた。だけどクモがなかなか出てこないので智子はつまらなくなって家に入った。
 自分の部屋に入った智子は本箱からコミックを数冊とりだしてパラパラッとめくった。
 夏の日差しが強い午後だった。
 智子はいつしか、うとうととまどろみかけていた。

   ☆   ☆   ☆

 どのくらいの時間が経ったことであろう。胸の息苦しさで智子は目覚めさせられた。
「あつい!」
智子は下を見下ろした。足は宙に浮いている。そして、その下では積み上げられた薪につけられた火が激しく燃えさかっている。炎はメラメラと火の粉を上げて智子の足を焼かんばかりに燃えさかっている。
 智子は上を見上げた。太い木の枝につながれた一本の太い縄が智子の背後に向かって垂れ下がっている。智子は自分が後ろ手に縛られて宙吊りにされていることに気がついた。
「あつい!」
智子は泣いて叫んだ。
まわりを見ると一面の樹林である。その向こうにはエメラルドグリーンの海があり、その水平線のあたりは日の光を反射して美しく光り輝いている。どうやらここは南海の孤島らしい。自分は火あぶりにされているのだ。智子はそれに気がついた。智子は再び下を見下ろした。すると火のまわりではイースター島のモアイのような顔をしたこの島の原住民と思われる者達が何やら叫びながら輪になって踊っている。いけにえの儀式らしい。
 そして彼らの輪の外に一人、腕を組んで薄ら笑いを浮かべている男の子がいた。よく見るとそれはいつもいじめていた青木だった。どうやら青木が彼らに命令しているらしい。
「ああ、青木君。あついわ。やめて。火を消して」
だが青木は智子の言葉など聞く様子も泣くニヤニヤ笑ってじっと智子をながめている。
「どうしてこんなことをするの?」
智子は熱さに身を捩りながら言った。
「どうしてだって。ふふふ。そんなこと自分の胸に聞いてみろ」
「私があなたをいじめたから、その仕返しなのね。あやまるわ。ゴメンなさい」
だが青木は黙ったまま智子をじっと見つめているだけだった。
「ゴメンなさい。ゴメンなさい」
智子の目からは大粒の涙がとめどなく流れつづけた。
空には雲一つなく、その中で一点、南国の太陽だけが火のように照りつけた。

   ☆   ☆   ☆

「わあー」
智子は目を覚ました。全身が汗ぐっしょりだった。大きく呼吸を整えているうちに、だんだん心も落ち着いてきた。
 智子はさっきのアゲハ蝶のことが気になって庭に出た。クモは昼寝しているのかアゲハはまだ無事だった。アゲハはもがきつくして、もう観念したのか、ぐったりとうなだれていた。
智子はクモの巣を壊してアゲハをとり、庭においた。
智子は自分がとても悪いことをしてしまったことを後悔した。
明日、青木に会ったらあやまろうと思った。

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