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「我慢」vs「忍耐」#202
我慢と忍耐──似て非なるもの
「我慢しなさい。」
子どもの頃、「我慢することの大切さ」を教えられ、多くの人が我慢を重ねながら大人になる。
なぜなら、将来の成功や成長のためには「ある程度の我慢が必要だ」と信じられているからだ。
マシュマロ実験と呼ばれる有名な心理学研究は、スタンフォード大学のウォルター・ミシェル教授が1960年代に行ったもので、「我慢ができる子どもほど将来成功しやすい」という結果が発表された。この研究により、子どものために「我慢」を教えようとする大人が増えたように思う。
実験では、子どもにマシュマロを一つ渡し、「今すぐ食べてもいいが、15分待てばもう一つもらえる」と伝えた。そして、マシュマロを我慢できた子どもほど、将来の学業成績や社会的成功度が高いとされた。
しかし、その後の研究(2018年、ニューヨーク大学のタイラー・ワッツ教授らによる再分析)により、マシュマロを我慢できるかどうかは「自制心の強さ」だけでなく、育った環境や家庭の経済状況にも影響されていることが示された。我慢と成功の因果関係は単純なものではなかったのである。
「我慢」と「忍耐」はまったくの別物
「我慢」とよく似た言葉に「忍耐」があるが、この二つは心理学的にも異なる概念である。
我慢は主に抑圧による一時的な行動抑制を指し、
忍耐は内発的動機づけによる持続的な努力を示す。
「我慢」:本能的な欲求や感情を無理に抑えつけること。
外的な要因で強制されることが多く、ストレスや反発を生む。
例:「宿題をやりたくないけど、親に言われたから仕方なくやる。」
「忍耐」:何か目的のために、自分の意志で耐えること。
納得して取り組むため、成長や成功につながりやすい。
例:「宇宙飛行士になりたいという夢を叶えるために、難しくても勉強を頑張る。」
もし、子どもが「なぜこれをしなければいけないのかわからない」「やりたくないのに、やらされている」と感じているのであれば、それは「忍耐」ではなく「我慢」を強いられている状態である。
忍耐は継続することで「忍耐力」となるが、
我慢は本能を押さえつける行為なので、継続しても「力」にはならない。
「子どものため」と言いながら、大人の価値観を押し付けていないか
「好きなことばかりやらずに、ちゃんと勉強しなさい。」
「ゲームは我慢して、もっとためになることをしなさい。」
「途中で投げ出さずに、最後まで頑張りなさい。」
もちろん、努力を続けることは大切である。
しかし、その理由を子ども自身が理解し、納得しているだろうか。
それとも、大人の「こうあるべき」という価値観を押し付けているだけではないだろうか。
「子どものため」と言いながら、実は自分が正しいと思うことを押し付けていないか。
その結果、子どもが主体性を失い、自分の判断で行動する力を育めていない可能性はないか。
子どもが自ら考え、納得できる機会を増やすことは教育現場だけでなく、子育てに関わる全ての大人に求めらることだ。
「忍耐力」はどうやって育てるのか
「忍耐力」を育てるために必要なのは、「無理に我慢させること」ではない。
安心して、期待をもって継続できる環境をつくることが大切である。
例えば、
「何かを待つ楽しさ」の経験をする
旅行の計画を立てる、クリスマスプレゼントを楽しみにする。
「すぐに得られない価値があること」を学ぶ
少しずつ上達する喜びを味わう。
「安心感」のある環境で、自分の意志で挑戦できる場をつくる
やりたいことを応援し、失敗しても受け入れられる環境を整える。
こうした経験を通じて、子どもは「ただ耐える」のではなく、
「納得して努力する力」を育んでいく。
「我慢」ではなく「忍耐」を育む
✔ 「我慢」と「忍耐」は違う。
✔ すべての「耐える力」が成功につながるわけではない。
✔ 「子どものため」と言いながら、大人の価値観を押し付けていないか見直す。
✔ 本当の忍耐力を育てるには、安心できる環境が必要である。
「子どものために」と言って、無理な我慢を強いていないか。
「我慢が大事」と思い込み、本当に必要な忍耐を見誤っていないか。
それを問い直すことで、子どもが自分の意志で選び、納得して努力できる環境をつくることができる。
もう大人になった私も、本能を抑制し続けてきた「我慢」を手放し、自分の意思で挑戦し、納得した努力を積み重ねていく。