短編小説「ふぞろいのさくらんぼたち」② /③ 1636文字
神奈川県立横浜虎戸高校2年A組 ホームルーム
「起立」
「礼」
「着席」
(ボケへんのかーい)前の学校で毎朝この時間を楽しみにしていた私は、拍子抜けした。
「それでは、今日からこの学校に転校してきた転校生を紹介します…」
担任の先生がそう言うと生徒全員が私に注目した。
「えーと、…では自己紹介してください」
(いや、紹介せんのかーい)
担任の声を聞いて、私は心の中でツッコミを入れた。
「田梨木高校から転校してきました。
富永 利子と言います。
利子と呼んでください。
よろしくお願いします」
「…たりき高校?」
「…確かうちの競技かるた部とかるた甲子園の決勝戦で戦ったとこだよね!」
「…ざわざわ…」
「はい、ざわざわしない。
私が担任の担野畑 任三郎です。担任と呼んでください」
教室が静まり返った。
たぶん定番の持ちネタで過去に何回か使っているのだろう。私はウケた方がいいのか悩んだが、スルーした。
「席は、江戸川の隣が空いてたな。江戸川しばらくの間よろしく頼むな」
担任がそう言うと江戸川と思われる生徒は小さくうなずいた。
私が席に座ると
「江戸川 七緒よ。よろしくね」 七緒が自己紹介した。
「富永 利子です。よろしく」
「この学校へは誰かの紹介できたの?」
七緒が尋ねてきた。
「はい、ト…」ここまで言った瞬間にクラス全員が私たちの方を振り返り、なんともいえない緊張感が張り詰めた。
「はい、とくに紹介とかありません」
私がそう言うと、全員ほっとしたように向き直った。
…
放課後
私は江戸川七緒と一緒に弓道部の練習を見学することになった。
この横浜虎戸高校通称ハマトラの弓道部は全国高等学校弓道選抜大会に何度も出場している強豪校だ。
弓道場には射手が的に向かって弓を引く射場と矢道(中庭)を挟んで向かいにある的を設置した的場があるが、射場には高い天井が設けられており南に向かって射るように配置されていた。
射場の床は、綺麗に磨き上げられていた。
光沢を帯びた木の床は、まるで永遠の静謐を宿した水面のようであった。その表面は鏡のように磨き上げられ、そこに映り込むものすべてを細部に至るまで映し返していた。光が差し込むたびに、床はまるで命を得たかのように淡い金色の輝きを放ち、空間全体を包み込むような温かみをもたらしていた。その艶やかさは、無数の時の層が丹念に塗り重ねられた結果のようであり、そこに触れる者に、過ぎ去った日々の記憶と、未来への予感を同時に感じさせる不思議な力を宿しているようだった。
歩を進めると、微かな軋みが耳に届く。その音はまるで床自身が呼吸しているかのようで、木の命がまだそこに宿っていることを告げている。触れれば冷たく、しかしどこかしら温かみを感じさせるその感触は、肌を通じて人間の小ささと、この床が見てきたであろう永劫の時の流れを思い起こさせた。
利子は三島由紀夫だったらきっとこんな描写をするに違いないと心の中で思い浮かべた。
「転校生の富永さんですか?」
道着を着用した女子部員が私に訊いてきた。
「はい、富永 利子と言います」
私がそう答えるとその女子部員は
「神楽坂 楓です。富永さんのことは、顧問の伊集院先生から聞いてます。今日は見学ですね。ご案内させていただきます」神楽坂 楓はそう言うと私と七緒を案内し始めた。
「利子!」
いきなり後ろから呼びかけられて、振り向いた。
「…!」
To be continud
今回の主な出演者