【毒親とアーティスト】とあるアーティストを紹介させて下さい25
東京、六本木ヒルズ。屹立する建築物の片隅に明らかに違和感のある有機的なデザインのオブジェがあります。高さ10メートル近くある、蜘蛛を模ったオブジェです。作者は何を思ってこのオブジェを作ったのでしょうか?
オブジェの名前は「ママン」です。
彼女は1911年12月25日フランス、パリの郊外で織物の手直しをする工房を経営する両親の間に次女として生まれましたが、父親はあからさまに落胆しました。父親が望んでいたのは、家業を継ぐ男の子です。姉に続き、彼女も女として生まれてきた為、「いらない子」として扱われました。
彼女が11歳の頃、父親は英語の家庭教師として雇い入れたイギリス人女性を愛人としました。母や彼女、彼女の兄妹も、気に入らなければ当たり散らし、他人をコントロールしなければ気が済まない父親の愛人の存在を公然の秘密として受け入れざるを得ませんでした。
アイデンティティを根こそぎ奪い、叩き潰す様な言動が続く父親の一方で、母は彼女に言いました。
「成功しようがしまいが恐れる必要はないわ。お前に必要なのは、他の誰にも代われない必要不可欠な存在になることよ。」
後に彼女は言います。母は「1番の親友」と。
父親の意に沿う形で彼女は名門ソルボンヌ大学で数学を学びますが、やがて美術の道を志し、エコール・デ・ボザールを含む幾つかの美術学校で学びます。
父親は芸術の道に進んだ彼女への仕送りを即座に止めました。
家を出てルーブル美術館で働き始めた彼女は、1938年にアメリカ人美術史家のロバート・ゴールドウォーターと結婚し、ニューヨークに移住しました。
1982年、彼女が72歳の時にニューヨーク近代美術館で個展が開かれ、彼女の作品が評価されるようになりました。
1990年代からは巨大な蜘蛛をかたどった像「ママン」を制作します。
この像は様々なバージョンがあり、ニューヨークのグッゲンハイム美術館、東京の六本木ヒルズ森タワーなど世界各地9ヶ所で展示されています。
お腹の辺りに卵を抱え、それを守る様に立つそのオブジェは、彼女の母親の象徴と言われています。
2010年5月31日、心臓発作のため、彼女はニューヨークのマンハッタンで亡くなりました。
98歳でした。
2024年9月25日から2025年1月19日まで東京で開かれる個展の副題は、彼女がハンカチに刺繍で言葉を綴った晩年の作品からの引用です。
「地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」
彼女の名はルイーズ・ブルジョワ。
逆境を生き抜いたサバイバー、そして心の傷をアートに昇華したアーティストです。