小説 僕と俺とのアールグレイ〜普通ってなんだろう〜
「あ、すみません。」
「何だお前、その格好で男か?」
「…すみません。」
ぶつかってしまったその相手は、僕が男性だということに気づく。今日は控えめにしたつもりなんだけどな…。
相手の男性は僕が謝るとふんっと鼻を鳴らし、歩いて行った。
僕の名前は大神由羽衣(おおかみゆうい)。
今日は新しくカフェが出来たことを知り、控えめではあるけれどオシャレをして向かっているところ。
「あの建物かな…?」
スマホの情報と照らし合わせながら、そのカフェへと向かう。
「結構並んでるなぁ、さすが、話題になっているカフェだなぁ。」
目的地に着いたので、早速並んだ僕。女性店員さんが並んでいる人たちにメニュー表を配っていた。そして店員さんは僕のところまでやってくる。
「どうぞ〜、メニュー表です。」
「ありがとうございます。」
「………。」
僕の返事を聞くと、女性店員さんは少し無言になり、そしてまた笑顔に戻ると会釈して行った。
やっぱり僕の声って低いんだなぁ。
僕は物心ついた頃から、女の子の物を好んでいた。今日の服装も、ちょっと濃いめのブラウンジャケットに緑色のロングスカート。黒めで茶色い髪の毛には女性物の帽子を被り、メイクも少ししている。
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ〜。」
10分ほど並び、店内に入ると席へと案内された。
「メニューはお決まりですか?」
「あ、はい。フルーツたっぷりパンケーキとアールグレイティー。あとイチゴジャムのアイスクリームをお願いします。」
「………。」
その店員さんも、僕の声に驚いているみたいだった。その後改まってかしこまりました、とメモをしながら行ったから、とりあえず食べたいものは頼めたかな。
普通ってなんだろう。
よく考える言葉。
どれが正解で、どれが不正解かなんてあるのかな。
僕は男性だけど、女性の服を好んで着る。でも女性になりたい訳ではないんだ。ただ、かわいいと思うし、素敵なものが多いこの衣装が好きだ。メイクも同じ。かわいい雑貨や鞄とかもそう。
女性は女性らしく、男性は男性らしく。
そんな話を耳にするけれど。
本当に、絶対にそうじゃないといけないのかなぁ。
「お待たせいたしましたぁ。」
「…あ、はいっ。」
テーブルに置かれて行く注文したものたち。
「すみません、頼んだメニューの写真を撮ってもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。どうぞ。」
「ありがとうございます!!」
僕は店員さんからの許可が降りると、スマホを取り出し写真を何枚か納めていく。
「…やっぱりあの人、男の人じゃない?」
「声とか完全に男だわぁ。」
「うーん、なんかちょっとねー…。」
後ろの席からかな?ヒソヒソ声が聞こえてしまった。…気にしない、気にしない、気にしない、気にしない。
写真も取り終えたし、それじゃぁ…
「いただきます。」
まずはアールグレイティーをひと口…うん、美味しい。やっぱりこれだよねぇ。もうひと口…。
パンケーキもアイスクリームも美味しかったぁ。
結局アールグレイティーおかわりしちゃったし、また来よう。
食べ終えた僕は会計のレジに向かうと、レジ担当になったのは、今日初めての男性の人だった。
「ありがとうございます、では…」
僕と比べたらすごく高い声だけどね。
金額を払い終えてレシートを渡されると、ふと目が合った。
「…!!」
「…!?」
つい、まじまじと見てしまった。なんだろう、その店員さんが格好よく見える。
「…あ、あの、レシート…」
「あっ、すみませんっ。」
僕は慌ててレシートを受け取り、店を出ていく。
帰り道。
「はぁ…。」
僕は大きなため息をついた。
店員さんをまじまじと見るなんて…もうあのカフェに行くのがなんだか恥ずかしくなった。
「…きゃくさま…お客様!!」
「ん?」
後ろから声をかけられたような気がして振り向くと、そこにはさっきのレジを担当した店員さんが走ってきた。
「これ、お客様のものですよね?」
「あ、帽子…!!」
「やっぱりそうでしたか。よかった、渡せて。」
レシートを受け取るのに精一杯だったのかな。レジに帽子を忘れて行ってたのね。そういや被ってなかったみたい。
帽子を改めて被った僕はつい、思いが言葉として溢れてしまった。
「店員さん格好いいですね!!」
「失礼ですがお客様はこんな俺をどう思いますか!!」
僕たちの、低い声と高い声が初めて混じり合った瞬間だった。
つづく。
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