小説「見上げた空は今日も青い」第五話(終)
加々矢は思わず苦笑した。
再びここは会社の屋上。
見上げた空は、今日も青く染まっている。
「あー、こんなところにいたぁ!!」
出入り口から大きな声が聞こえてきた。雪野だった。
「もう、昼ごはん出来てるっすよ。あと聡一郎さんが仕事の件で話があるって言ってましたよ。」
「…ああ、分かった。」
「なんかあったんすか?」
雪野は加々矢の隣に来るとフェンスを背に座り込んだ。
「雪野が女だったらなぁ、なんてな。」
タバコを携帯灰皿に入れながらそう答えた。
「なんすかそれ。」
「俺もう52歳だぜ。なのにまだ結婚すらしてないんだ。そりゃぁな、焦るだろう。」
今まで、出会いが無かった訳ではない。付き合い経験もいくつかある。が、結局上手く行かなかった。
「お前が女だったら、結婚まで考えてたかもな。」
「…男の俺じゃ駄目なんすね…。」
「え?」
「もういいです。」
そう呟いて、顔を俯かせたまま屋上から出ていこうとする雪野。
「おい、待てよ。」
「離してください!!」
腕を掴むと、雪野は抵抗した。そしてその顔は酷く涙がこぼれている。
「男の俺は嫌なんでしょう?やっぱり女性の方がいいですよね…。」
違う。違うんだ雪野。
「だから待てって。」
「嫌です!!」
「落ち着け!!俺が悪かったよ。」
「………。」
無理矢理抱きしめると、雪野は抵抗をやめた。
「なにもお前が嫌いだとは言ってないだろ?」
「でも女性の方がいいんでしょう?」
「確かにな。男同士だと変に思われたりするだろ?だから俺も迷ってる。」
悩みに悩んで、思わず零した本音。その結果、雪野を傷つけてしまった。
「俺は加々矢さんのことが好きです!!だから……!?」
そこで雪野は硬直した。
「…これで許してくれないか。」
「は、はい…。」
加々矢からの口付け。不意打ちだった。
顔が離れると、硬直していた体は力が抜けていき、思わず加々矢の胸に顔を埋めていた。
「さて、昼飯でも食うか。」
「あ、そうだった。今温め直しますっ。」
「おう、頼んだぞ。」
佐々木加々矢52歳。
久しぶりに恋をした相手は、32歳年下の、春風雪野という男だった。
同性を好きになったのは初めてだ。
だから雪野、もう少し時間をくれないか。
いつか自信を持って、皆に紹介できるその日まで。
END。