幼なじみのさくらと蓮加と後輩の菅原#5【お客さん】
カチャッ
部屋の扉が開いてリビングで過ごす一人の時間が終わりを告げる。
顔を上げるといつものように目が合う。
〇:おはよう、さくら
さ:ん、おはよ・・・〇〇
目を細めた後にリビングを抜けて洗面所に向かう。
その細い背中を見届けてから、開いていた本をそのまま伏せてキッチンに立つ。
読んでいた本の内容を脳内で遡りながら、昨日のカレーの残りを弱火で温める。
ぷくぷくと生まれては消える小さな膨らみを眺める。
貴重な朝時間を無為に過ごす事がオレの至上の喜びと言って過言ない。
少しして洗面所からちょこちょこ戻ってきたさくらが隣に立つ。
さ:昨日ありがと
〇:ん?
さ:ううん・・・
焼かないままの食パンと少量のカレーを並べる。
さ:いただきます
〇:いただきます
朝からカレーが食べられるいつもと少しだけ違う月曜の朝だ。
さ:そーいえば今度さつきちゃん来るって聞いた?
〇:ああ、蓮加が夕飯リクエスト聞いておもてなししろってさ
さ:楽しみだね、この部屋に誰か来るなんてなかったし
〇:まあ、そうだな
さ:さつきちゃん何食べたいんだろう
〇:酢豚。最近ハマってるらしい
さ:え?
〇:ん?
さ:もう聞いたの?
〇:ああ;;早い方がいいだろうなっと思って昨日な;;
さ:そうなんだ
〇:作れないもんだと困るし;;
さ:そうだね、私も手伝う
〇:ああ、頼む
さくらが朝からこんだけ喋るって事はそうとう楽しみにしてるんだろう。
〇:それにしたってなんで蓮加は急に言い出したんだ?
さ:あ、でもけっこう前から蓮ちゃんとそういう話はしてたんだ
〇:そーなのか
さ:大学では一緒にいるけど、さつきちゃんだけ違うところに帰るから別れ際ちょっと寂しそうだなって
〇:まあ、しょうがない話だけどな
さ:うん、なんなら4人でルームシェアするか誘ってみようかなって蓮ちゃん言ってたし
〇:やめとけ、菅原の都合もあるだろ。蓮加が言ったら断らないだろうし
さ:ふふ、そうだよね。だからまずは遊びに来てもらおうって
〇:まずはって・・・
さ:〇〇だってさつきちゃんなら嫌じゃないでしょ
〇:まあ、別に嫌ではないけど・・・
カチャッ
部屋の扉が開いてリビングで過ごす2人の時間が終わりを告げる。
蓮:んぅーーー
〇:おはよう蓮加
蓮:んっぅ、おはよ
蓮:わ、めっちゃカレーの匂い
くくっと笑いつつ、いつものように軽すぎるタックルを仕掛けてくる。
さ:蓮ちゃんおはよ
蓮:おさくぅー
さ:はいはい
蓮:んぅぅー-
ぎゅっと抱き着きながら座ったさくらの背後に回って首の後ろからシャツの隙間に手を突っ込む。
さ:あぁっ///
蓮:ふふ・・・おさくの背中気持ちいい
さ:もぉ;;;あっ///蓮ちゃん///
朝に似つかわしくない声がさくらから漏れると満足そうにこちらをみてドヤる。
蓮:いいでしょ
〇:なにやってんの;;;まじで
蓮:おさくがブラ忘れてないか確認
さ:わ、わわ///忘れないよぉ///
蓮:そかそか、じゃ顔洗ってくる
ふんふんと鼻歌を歌いながら上機嫌で洗面所に向かう背中を見届けてから正面に目線を戻すと、恥ずかしそうに首元を直しているさくら。
それにしてもあんな隙間からよく手が入るな。
結構がっつり入れてたし。
どんだけ細いんだ?蓮加の手は。
意外とやろうと思えばオレの手でも入るんだろうか。
そんな事を考えて自分の手を眺める。
さ:えっち/////////
〇:い、いやいや、なんも想像してないぞ;;;
さ:んもぉ///
^^^^^^^^^^
咲:せーんぱぁいっ、おはようございまぁすっ
大学について蓮加とさくらと別れてから一限のある別棟の入り口で聞き馴染みのある声が耳に届く。
昨日は本当に菅原に世話になった。
あんだけオレの身勝手な懺悔を、聞いてくれた上でいつも通りに接してくれるのはありがたい。
感謝の気持ちを込めて、こちらもいつも通りの対応をさせてもらおう。
・・・・・・
咲:せんぱい?
・・・・・・
咲:〇〇せんぱぁぁいっ!!
・・・・・・
トトトっと駆け寄ってきてオレの右肩を雑にツンツンつつく。
咲:お、はよ、う、ござ、い、ま、す!!
小ぎみいいリズムに合わせてつつかれる。
なかなか器用なやつだ。
・・・・・・
咲:なんで無視するんですかっ!!!
・・・・・・
咲:せんぱいっ!!
我ながらよく我慢したなと思いながらも、いつも通りの台詞が口をつく。
〇:ああ、なんだ菅原かおはよう
蓮:なんだってなんですか!!!
〇:あっははは、ごめんごめん
いつもと変わらない菅原とのやりとりに安心する。
〇:教室行くか
いつも通りに返事を待たずに歩き出す。
咲:もおぉ、待ってくださいよぉー
いつも通りオレが後ろの席を陣取るといつも通りに隣の席を陣取る。
月曜の1限は菅原と一緒だ。
咲:あの昨日はすいませんでした・・・・
〇:ん?
咲:えっと、その・・・でも私
言いづらそうに俯きながらも言葉を続ける。
まあ、最後の方の付き合うくだりの事だろう。
ここまで心配してもらって今更だが、やはり菅原を巻き込むわけにはいかない。
有耶無耶なままにしておいた方がいいだろう。
そう思って無理やり話題を変えてみる。
〇:そーいや今度の土曜の話だけどさ
咲:え、あ、はい;;;
〇:たぶん朝までコースだぞ
咲:え?
〇:なんか予定あんならオレから言っとくけど
咲:えええええ;;;;;
〇:どしたどした
咲:せせせ;;;先輩の家にお泊まりってことですか!!
〇:まてまて、だいぶ声がでかい;;;
咲:あ、すいません;;;
〇:まあオレの家でもあるから間違っちゃいないけど
〇:蓮加はもともと睡眠のサイクルがぐちゃぐちゃだし
〇:菅原が遊びに来る週末にまともに寝るとは思えないし、帰すとも思えない
咲:えええぇぇっ;;;;
〇:まあ、大層な準備をしてくる必要はないけど
〇:気持ちの準備と、まあ下着とかその辺くらいはと思ってな
〇:化粧品とかは蓮加とさくらの使えばいいし、タオルやら布団やらその辺はなんとかなる
咲:初めてお邪魔するのにお泊まりなんてできませんよ;;;
〇:そんな事言って蓮加に泊まってけって言われて断れる菅原がオレには想像できないぞ
咲:あ、それは私もできません
あまりにも素直に認める菅原。
〇:まあ、でもほんとに無理する必要はないからな。嫌じゃなければって話
咲:嫌なわけないですけど・・・
〇:今まで誰も来た事ないからさくらもだいぶ楽しみにしてたぞ
咲:ええええ、さくらさん可愛い
咲:嬉しすぎてもう泣いちゃいそうです
〇:やめてくれ、ここで泣かれるのは迷惑だ
来る前からこんなんで平気なのかと思いつつも、4人で集まれば心地良い空間になる事には疑いが無かった。
!!
ちょんちょんと右の手の甲に触れる細すぎる指。
咲:先輩は?
ん?
咲:楽しみにしてくれてます?
え、なにこの上目遣い。
何かを期待しているような表情でオレをじっと見る。
悔しいが可愛い・・・
こういう時にどう反応するべきかはオレだって心得ている。
〇:オレはなんとも思ってないぞ
上がってしまいそうな口角を必死で下げて真顔で答える。
咲:むきいぃぃぃーーーー
ちゃんといじるとちゃんと反応する菅原。
咲:ほんっとに信じられないレベルの意地悪ですね!先輩はっ!!
いつものように膨れっ面で肩をツンツン突いてくる。
〇:あははは、うそうそ
〇:オレもすごく楽しみにしてるよ、くくっ、、、
咲:んもお・・・絶対嘘じゃないですか
〇:ほんとほんと、ごめんな
〇:酢豚ってあんまり作った事ってないんだけどさ
〇:菅原に気にいってもらえるようにがんばるよ
咲:え、はい;;;それは本気にしていいんですよね?
〇:もちろん。菅原にはいつも世話になってるしな
咲:じゃあ・・・楽しみにしてますね///
〇:おう、絶対驚かしてやるからな
咲:ん?それカレーが出てくるとかじゃないですよね
〇:やべ、バレた
咲:もおおお
〇:はっはははは
ここ最近気づいた事がある。
オレは菅原といる時が一番笑っている。
ーーーーーー
ーーーーーー
咲:えぇっぇええーー、おいしっ!!
蓮:うんうんおいしいでしょ
〇:作ったのは蓮加じゃないけどな
さ:まあまあ
相変わらずいい反応だ。
菅原に振る舞った酢豚は我ながらなかなかの出来だった。
咲:え、これ私騙されてます?ほんとに先輩作りました?
〇:作ってただろ、さっきから
咲:ほんっとに、鬼のように美味しいです
〇:鬼がつくと美味そうじゃないな
咲:先輩、ほんとに料理できたんですね。絶対嘘だと思ってました
〇:おい
最初こそ緊張しっぱなしの菅原だったが、サークルで4人でいる事は多かったのですぐに慣れたようだ。
サークル4人中3人が幼なじみでルームシェアしてるってなったら寂しさを感じるのは当然だ。
そんな事は分かっていたが、家に呼ぶという発想は無かった。
菅原が蓮加とさくらを大好きなのは分かりきっていたが、蓮加もさくらも同様に菅原の事が好きなんだろう。
菅原は後輩力が高い。
一言で片付けるのは簡単だが、それは人一倍、人の事を見ているんだと思う。
一見すると根アカの胃もたれキャラではあるが、それは本質ではない。
菅原と出会ってから一年も経っていないが、ほぼ毎日顔を合わせていれば分かる事もある。
決して器用なタイプではないが、オレみたいな情けない先輩を気遣ってくれる優しいやつだ。
だから一緒にいて心地がいいんだろうな・・・
咲:いいお部屋ですね
蓮:でしょ、いいよね
咲:はい、とっても落ち着きます
さ:よかった、いつでも来ていいからね
咲:え、優しい、きゅん
蓮加もさくらもいつも以上に楽しそうで何よりだ。
〇:菅原皿もらうぞ
咲:あ、ごちそうさまでした。私もやります
〇:いいよ、お客さんなんだから座っとけ
咲:お客さん・・・
〇:ん
咲:やっぱりやらせてください
〇:・・・分かったよ、じゃあ手伝ってくれ
咲:はい!!
食事の片付けと洗いものをするのに1人も2人もそう変わらないと思っていたんだが、意外にもスムーズに事が済んで驚く。
菅原のカンがいいのかなんなのか分からないが、ほしいところにすっと手が出てくる感じが新鮮だった。
咲:先輩ありがとうございます
〇:ん?
咲:ほんとは蓮加さんとさくらさんの家に来るなんて恐れ多くてど緊張してたんです
咲:でも先輩のおかげでいい感じに中和されてます
〇:それいじってるだろ
咲:ふふふ、いつものしかえしです
〇:あのなぁ・・・
まあ菅原も楽しめてるようでよかった。
蓮:あはは
さ:っふふふ
ん?
さ:さつきちゃんと〇〇ってなんか似てるよね
蓮:分かる分かる、漫才してるみたい。いいコンビって感じ
咲:ええぇー!それは不本意です!
〇:こっちのセリフだ!
蓮:あはは、それそれ
さ:ふふふ
リビングで4人で過ごす初めての空間は悪くなくて、
気付けば時間が溶けていた。
〇:お、菅原、時間大丈夫か?
咲:あ、もうこんな時間;;
蓮:えぇー、泊まっていけばいいじゃん
〇:言うと思った
さ:そうだね、さつきちゃんが大丈夫なら
〇:菅原無理する事ないけど、どうする?
咲:えと・・・ほんとにいいんですか?一応先輩に言われて下着とかは持ってきたんですけど
蓮:えっ、〇〇泊まらす気まんまんじゃん
〇:違う違う;;たぶんそうなるぞっていう話をしたんだよ
蓮:ふーん、じゃあ私の部屋で一緒に寝よ
咲:えぇ、は、はい;;;お願いします;;;
〇:じゃあ蓮加の部屋に布団出しとくぞ
蓮:お風呂も一緒に入ろっか
咲:え、ええええぇぇ、えええええ
咲:れれれ、れんかさんとお風呂;;;
蓮:あはは、うそうそ
〇:菅原で遊ぶなよ
蓮:ごめんごめん、でもお風呂は気をつけてね
蓮:いつも〇〇がラッキースケベを狙って入ってくるから
咲:えぇぇぇ!!!先輩最低です!
〇:おい、本気にすんな;;
咲:さすがにずるいです!
〇:ずるいってなんだよ;;
さ:まあまあ・・・
ーーーーーー
カチャ
部屋の扉が開いてリビングで過ごす一人の時間が終わりを告げる。
〇:おはよう、菅原
咲:あ、おはようございます。先輩早いんですね
〇:ああ寝れた?
咲:えっとあんまり
〇:そらそうだよな、無理やり悪かったな
咲:いえ、蓮加さんはまだ寝てました
〇:だろうな
〇:菅原は朝食べる人?
咲:いえ、あんまり
〇:そっか。コーヒー飲む人?
咲:いえ、飲めません
〇:紅茶ならあるけど
咲:あ、いただきます。すいません
〇:いやいや、お客さんだから。蓮加につきあってくれてありがとな
咲:・・・お客さん
〇:ん?
咲:あ、なんでもないです;;
咲:それにしてもほんとに素敵なお部屋ですね
〇:まあ、いつでも来たらいいよ
咲:蓮加さんもさくらさんも本当にこの家が好きなのが分かりました
〇:そうかもな
咲:やっぱりダメなんですかね・・・
〇:ん?
咲:お部屋もそうですけど
咲:3人の空気感がとっても心地よくて
咲:羨ましいって思いました
〇:そっか・・・
・・・・・・
・・・・・・
〇:ほんとは早く終わりにしないとなんだけどな、ルームシェアなんて・・・
・・・・・・
〇:2人の為にも・・・
咲:私はいいと思いますけど・・・
咲:やっぱり気持ちは変わらないですか?
〇:そうだな・・・
咲:そうですか・・・
咲:先輩
咲:こないだの事もう一回考えてもらえませんか
咲:期間限定でいいです
咲:蓮加さんとさくらさんの為に
咲:先輩がいつも笑っていられるように
咲:私も力になりたいです
咲:私は蓮加さんとさくらさんが大好きです
咲:それから
咲:先輩の事が好きです
咲:私と付き合ってください
〇:菅原・・・
オレの罪悪感を少しでも軽くしようとしてくれる気持ちはありがたい。
それでも・・・
菅原の優しさにこれ以上甘えてはダメだ。
咲:私は好きになってもらえませんか?
咲:ダメですか?
〇:ありがとな。オレも菅原の事好きだよ・・・・・・でも
ん?
突然目を見開いた菅原の目線を追うと、
いつもの朝のようにさくらと目が合った。
【続く】
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