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腐れ縁の井上 #2【聞かれたら言う】
いつものようにアニメくつろぎタイムを堪能していた。
コイツのベッドで
コイツのスマホで
こんな時間はこれからも続くんだろう。
そんな私の油断しきった思考に突然飛び込んできた通知。
桜のアイコンと遠藤という名前。
思い浮かぶ人物は1人しかいなかった。
「え!?」
「ええ!!??」
「えぇえぇえええ!!!???」
「ん、どした井上。またパンツ見えてるぞ」
「ちょっとっ!!この遠藤って。あのさくらさん?」
「ん?」
「だから大学で超有名なあの遠藤さくらさん?」
遠藤さくらさん。
大学で知らない人はいないレベルで超可愛くて超有名な先輩だ。
かく言う私もめちゃめちゃファン?オタク?と言って過言無い。
なにせビジュがいいのに中身も最高。
男女ともに人気があって憧れの君、アンド憧れの的だ。
それくらい尊い存在。
それが遠藤さくらさんだ。
そんなさくらさんがなんで・・・
「あー、そうだな。その遠藤さん」
「あわ、あわ、あわわわ;;;;」
「落ち着け、井上。だからパンツが・・・」
「な、なんで!なんでさくらさんがあんたの連絡先知ってんのよ!」
「なんでって前に聞かれて教えたから」
なんでもないような顔で平然と言い放つ。
「ま、前っていつよ?」
「うーん。2、3カ月くらい前かな・・・」
はあ???
嘘でしょ???
初めましての情報が津波のように押し寄せて私を飲み込む。
こういう時は一旦落ち着いて。
ふー
ふうぅーー
呼吸器官をフル稼働してお休み中の副交感神経達を召喚する。
よし、大丈夫。
冷静に・・・冷静に・・・
「井上大丈夫か?」
「ああ、ごめん大丈夫」
全部あんたのせいなんですけど・・・
「あのさ、さくらさんが大学内で超有名人なのは知ってるよね」
「ああ、井上からずっと聞いてたからな」
「そうだよね、なんなら入学してすぐくらい。一年以上前から憧れの人だって言ってるよね」
「ああ、そうだな」
「近くに行ったり話しかけたりできないから遠くからさくらさんを見て可愛いいなー、大好きだなーって言ってる私を何度も見てるよね」
「うん」
「なんなら先週もそういう事あったよね」
「あったな。覚えてるぞ」
・・・・・・
・・・・・・
ここまで言っても私が言わんとしている事は伝わらないらしい。
コイツ、マジか・・・・
怒りにも似た感情が津波のように押し寄せる。
いや、これは怒りそのものだ。
召喚されたばかりの副交感神経達が荒ぶる高波にさらわれていく。
そして私の身体の中の全細胞が満場一致で大声を上げる。
「あんったぁ、バカぁぁああ!!???」
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「え?」
「普通言わない?そういうの?」
「ん?」
「だからさくらさんと知り合いになったんだったら普通言うよね、ってか言わなきゃダメじゃない?」
「いや、言う機会もなかったし」
「いやいやいやいや、いやいやいやいやいや!!!」
「どしたどした;;;落ち着けって」
「ほぼ毎日あんたの部屋にいるよね!私!」
「まあ、そうだな」
「いくらでも言うチャンスあったでしょ!」
「ていうか言うチャンスしかなかったよね!!」
「そんな事言われても聞かれてないし・・・」
「だから聞かれなくても普通言うでしょっ!!」
「なんか怒ってる?今言ったしよくない?」
コイツ・・・
ブチ切れてやりたいところだが、まだわからない事だらけだ。
「そもそもなんでさくらさんがあんたの連絡先なんか」
「なんでって聞かれたから」
「だからちゃんと順を追って説明して!!いきなり現れて急に聞かれたわけじゃないでしょ」
「あー、それでいうと半年くらい前かな」
はあ?コイツ、マジ?
そんな前からさくらさんと・・・
いやいや、いちいち反応してたら話が進まない。
ここは冷静に・・・
「半年前にどうしたの?」
「ざっくり言うと困ってたから声を掛けたら知り合いになったって感じだな、うん」
・・・・・・
・・・・・・
「それで?」
「ん?」
・・・・・・
・・・・・・
うーん・・・よし、やるか。
説明を終えたみたいなスッキリした顔をグリグリと両の拳で締め上げる。
「ざっくり言うな、バカ!!」
「イタイイタイ;;分かったよ;;」
「えっと、まあなんかゼミの先輩みたいな人達に絡まれててさ・・・」
「え?」
「駅の近くの居酒屋の前で、まあ酔ってたんだろうな」
「男数人で囲んで無理やり腕引っ張ってって感じだったから、これはさすがになーと思って・・・」
「え?それで止めに入った事?大丈夫だったの?」
予想していなかった話に前屈みになって、顔を近づける。
「ケンカって事?怪我とかなかったの?あんたそーいうキャラじゃないでしょ?」
自分でも驚くほどの早口で捲し立てつつ、それなりに近い距離でコイツの顔を観察する。
半年前の傷が残ってるとも思えない、そんな事があって私が気付かないわけないし。
そう思いながらも私の両手は勝手にコイツの顔やら頭やらをペタペタ触って無事を確かめている。
うん・・・やっぱり怪我とかは・・・無さそう。
大丈夫だよね・・・
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「井上・・・」
頼まれてもいない診察を終えて手を離すと、文句も言わずに閉じていた口が開く。
「ずっとブラジャー見えてるぞ」
うん、こういうやつでした。分かってたけど・・・・
「こんのぉ、どバカすけべがぁぁ!!!!」
本日2度目の締め上げタイムだ。
心配させといてなんなの、ホントに。
「イタイイタイ、どバカってなんだよ。オレ悪くなくない?」
はあ、いちいち話しが進まない。
「それでほんとに大丈夫だったの?」
「ああ、ケンカなんてしないし腕っぷしの無さには自信があるぞ、オレは」
「それは知ってるけど・・・危い事やめてよ」
「スマホで撮影してる感じ出しながらデカい声で、嫌がってますよー、やめたほうがいいですよーって近づいてった」
「いや、それもなんか危っかしいけど;;;」
「とにかく撮られてるって思ったら多少冷静になったんだろうな」
「もともと面識あったみたいだし、その後ちゃんと遠藤さんに謝ってたから」
「そーなんだ」
「それから大学内で遠藤さんと会う事が増えたんだよ、なんか」
「なんかって・・・それ・・・」
「最初は挨拶くらいだったけどだんだん世間話っていうか天気の話しとか好きな本の話くらいはするようになって」
「しばらくして連絡先聞かれたから言った感じ」
「そーなんだ・・・」
なにそれ・・・
なんなのよ・・・
バカじゃないの?
さえない男がたまたま超絶スペックのヒロインの危機を救って、だんだん距離が近づいていく。
ずいぶんとベタベタで・・・
安いドラマみたいで・・・
バカみたいで・・・
羨ましいくらい素敵な出会い方じゃないか・・・
こっちは中学以来の腐れ縁・・・
勝てるわけないじゃん・・・
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さくらさんとの出会いについて、情報では理解した。
それでもまだ感情が追いつかない。
そんな事があって私には何も言ってくれないんだ。
そんなに私に興味が無いって事なの?
悔しくて悲しくて涙も出ない。
こんなに悔しいのは
こんなに悲しいのは
相手がさくらさんだから?
たぶん違う。
私は・・・
私の知らないコイツが存在する事が嫌なんだ。
今までずっとコイツの全てを独占している気でいたから。
ずいぶんと醜くて薄汚れた身勝手な思考だ。
ヒロインの恋路を邪魔する脇役にピッタリじゃないか。
・・・・・・
・・・・・・
さくらさんみたいな人から好意を持たれるなんてコイツにとっては最初で最後だろう。
私なんかが勝てるはずも無い、いくらなんでも相手が強すぎる。
誰か知らない人にコイツをとられるくらいなら、むしろよかったのかもしれないけど。
そんなに単純に諦められない事なんか分かっている。
なにせこっちはもうずっと拗らせているんだ、コイツへの想いを。
だからこれは譲れない。
敗者には敗者のプライドがある。
ただの嫌な脇役に成り下がるつもりなんてない。
コイツの幸せを願って自ら身を引く昔からの友人。
私がなれるのはせいぜいそれくらいだけど。
恋愛という感情をコイツに注いできた濃さにおいては
負けない・・・さくらさんにだって・・・
この世に私以上がいるはずがない!!
唇をキツく噛みながら今この時だけ、ボロが出ないようにと全神経を尖らせる。
せめて散り際くらいは潔く。
この一瞬がコイツの目に少しでも綺麗に映るように。
腐れ縁の精一杯の強がりをくらえ!!
「はい、これ返す」
「ん?」
「ちょっと見えちゃった、たぶんデートのお誘いだったよ」
「早く返信しなさいよ、バーカ・・・」
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長い間自分のモノだと思い込んでいたコイツ・・・
コイツのスマホ・・・
どっちもちゃんと手放す事ができた。
うん、できたはず・・・
唇から伝わる鈍い鉄の味のお陰だ。
【続け・・・ほんとに・・・】