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幼なじみの和#1【めっぽう弱い】

家を出て学校に向かう途中、背後から足音が近づいてくる。

タタタッ

そのままオーバーラップして突然こちらを振り向く。

和:わっ!!

〇:・・・・・

和:〇〇!!おはよっ

〇:うっす・・・

今日も朝から高めのテンションでキラキラした笑顔を向けられる。


和:なんか眠そうだね

〇:別に・・

和:私も遅くまでアニメ見ちゃって寝不足だー

〇:ふーん・・・

和:最近なんかアニメ見てる?

〇:あんまり・・・・

和:そっかー。おすすめいっぱいあるよ

〇:あぁ・・・

・・・・・・

・・・・・・

和:あのさ・・・今日は部室くる?

さっきまでカラカラ笑ってたのに、急に不安そうな声を出す。

和:しばらく来てないよ

〇:・・・たぶん行かないかな

和:じゃあ次いつ来るの?

〇:別に井上には関係ないだろ

和:関係あるでしょ

・・・・・・

和:同じ部活なんだし

・・・・・・

和:幼なじみなんだし

・・・・・・

和:このまま来なくなって、やめちゃうとかないよね?

たっぷりと目を潤ませて、じいっと見てくる。

こういうとこ昔っから変わんないんだよな。

そしてオレは昔っからこの顔にめっぽう弱い。

〇:・・・今日は顔出すよ

和:ほんと?やった!!!絶対だからねっ!!

こんな事でそんな嬉しそうに笑わないでほしい。

はあぁ・・・

自分のスペックを理解せずに、昔と同じように笑いかけてくる幼なじみに溜息をついた。




ーーーーーー


井上とは幼なじみで、高校も部活も一緒だ。

正直幼なじみでなかったら、オレと絡まない人種だと思っている。

美人で、性格も良くて、絵も上手くて、人気者で・・・

全てにおいて最新フルスペックのハイエンドモデルと言って過言でない。

その自覚が無いのが、たちの悪いところなんだが・・・

エントリーモデルのオレなんかが隣にいるのは相応しくない。

そう思ってからは、すっかり居心地が悪くなってしまった。

きっかけは中学2年の終わりに井上から相談を受けた時だった。





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和:3年の先輩に告白されたの・・・

〇:へ、へぇー

平然を装い目を逸らす。

和:明日返事するって事になってんだけど

〇:うん

和:どうしよ・・・・

〇:どうしよって、オレに言われても

〇:なぎの好きにすればいいんじゃないの?

和:うん・・・そうなんだけど

和:ちゃんと断れるか不安で・・・

断るんだ・・・どこかほっとしている自分に気づいてしまう。

和:先輩の事そんなに知らないし

和:他にも理由はあるんだけど

・・・・・・

和:ねえ、〇〇

〇:ん?

和:私の代わりに返事お願いできない?

〇:は!?なんでオレが

和:だって、こんなの〇〇にしか頼めない

〇:頼むにしたって女友達とかの方がいいだろ

和:できれば誰にも知られたくないの

〇:はぁ?

和:その先輩の事好きな子多いから・・・

相手の名前を確認すると男のオレでも知ってるくらいには学校内で有名な先輩だった。

女子の中でそういうのは想像以上に大きい問題なんだろう。

和:ほんとに〇〇にしかお願いできないの。助けて、一生のお願いっ;;;

目をウルウルさせて手を組んでお願いしてくる。



・・・・・・

・・・・・・

和:やっぱりダメ?

ずるいやつだ。

こんな顔でお願いされて断る術をオレはまだ知らない。

〇:はぁー、分かったよ

和:いいのっ?

〇:一生のお願いなんだろ

和:ほんとごめんね。迷惑かけちゃって

喜ぶのかと思ったら、心底申し訳なさそうに言う。

それくらいなぎにとっては切羽詰まった状況だったんだろう。

〇:で、なんて断ったらいいんだよ

和:うん、えっと・・・




ーーーーーー

翌日の放課後、待ち合わせ場所で先輩と対峙する。

変に揉めると厄介なので、なぎには速攻帰宅するように伝えておいた。

突然現れたオレの姿に驚きはしたものの、

幼なじみとして代理で返事をしに来たという説明をちゃんと聞いてくれた。


〇:それで告白の返事なんですけど

〇:ずっと好きな相手がいるので先輩とは、お付き合いできませんという事でした

〇:それと直接伝えられずにごめんなさいって

〇:伝言は以上です

言い終えて、少しでもなぎの誠実な気持ちが伝わればと思い頭を下げる。

▲:そっか・・・

▲:井上さんが来なかった時点でなんとなくわかったけど・・・

顔を上げると先輩は寂しそうに笑っていた。

あっさりと返事を受け止めてくれた事に、拍子抜けしてしまう。

なんなら一発殴られるくらいの覚悟はしてたんだけど。

そんなオレの様子を見て先輩は静かに続ける。

▲:君はいい奴だね

〇:え?

▲:いや、めちゃくちゃいい角度で頭下げてたからさ

〇:えっと・・・オレ今バカにされてます?

▲:違う違う;;誰かの代わりにそんだけ頭を下げるってなかなかできる事じゃないよ

▲:だからいい奴だなって

〇:はあ・・・

・・・・・・

・・・・・・

なんとなくそのまま立ち去る雰囲気でもなくなってしまって立ち尽くす。

それを察したように先輩はゆっくりと自分語りをしてくれた。

▲:オレ告白するのは初めてだったんだけど、告白してもらった事は何回かあってさ・・・

▲:真剣に気持ちを伝えてくれる相手に返事をするのが

▲:簡単じゃないって事はちょっとわかるんだよね・・・

▲:って;;フラれたヤツが何言ってんだって感じだよな

ほぼ面識の無い後輩の前でフラれた直後にかっこつけるでもなく、恥ずかしそうに頭を掻く。

なぎの事を思いやって・・・

〇:いえ・・・優しいんすね、先輩

▲:君もね。井上さんに返事くれてありがとうって伝えてくれるかな?

〇:はい

▲:それと、君にも

〇:え?

▲:代わりに来てくれたのが君でよかったよ。君みたいな人が隣にいるならってなんか納得した

〇:いえオレは・・・

▲:じゃあ、おつかれ

そう言って爽やかに立ち去る先輩の背中に自然と頭を下げていた。



男のオレでも危うく心を持っていかれるほどに魅力的な人だった。

あの先輩の告白を断った事が変に知れたら、穏やかでない学校生活になるだろう。

それを回避できたならオレが首を突っ込んだ意味はあったのだろう。

それにしても諸々の事情を差し置いて、

あの人でも、なぎの隣には並べないって事なんだろうか。

それならオレなんて到底・・・・

不都合な現実に気づいた後に、なぎに終了報告の電話をかける。

〇:返事くれてありがとうだって、変な噂になる事も無いと思う

和:ほんとにごめんね。〇〇はなんか嫌な事言われてない?

〇:ああ、すごくいい先輩だったよ

それ以上は何を言っていいか分からずに電話を切った。





ーーーーーーー


そんな事があって、オレはすっかりなぎの事を意識するようになった。

なぎの隣に相応しいのはオレではない。

そう考えると自然な接し方もわからなくなってしまった。

それなのに日を追うごとに、なぎの事を考える時間が増えていって・・・

その度に自分の気持ちの蓋をきつく閉めなおした。



ーーーーーー

高校に入ってからも、なぎは相変わらずの距離感で接してくる。

和:ねえ〇〇、部活決めた?

〇:いや、まだっていうかたぶん入んないけど

和:じゃあ、放課後ちょっとつきあってほしい


〇:は?

和:お願い、ちょっとだけ

両手を組んでじぃーっとこっちを見る。

はぁ・・・

〇:・・・わかったよ

和:やった!!ありがとっ



放課後、美術部の部活見学に付きあう。

絵を描く事は昔から共通の趣味で、オレも井上も中学では美術部だった。

井上は高校でも続けるのか・・・

ひとしきり見学させてもらって帰路につく。



和:付き合ってくれてありがとね

〇:ああ・・・

和:明日入部届出してくるね

〇:そっか

・・・・・・

・・・・・・

和:あのさっ;;;

〇:ん?

和:〇〇も・・・一緒に入らない?

〇:オレ?

和:う、うん・・・

〇:いや、オレは・・・

和:好きなんだもん;;〇〇の絵;;;

〇:え;;

和:一緒に入って!!一生のお願いっ!!

・・・・・・

いや2回目じゃねーかと思いつつ・・・

和:ダメ?

・・・・・・

いつもの顔でお願いされてしまって・・・

はぁー・・・

こんなの断れるやつがこの世にいるんだろうか。

翌日、一緒に入部届を出す事になった。



その後、割と早い段階でオレは部活をサボりがちになるんだけど、
回想が長くなったので、そろそろ冒頭に戻ろうと思う。




ーーーーーー



部室に顔を出すとは言ったけど・・・・

放課後、今日も部室から逃げるように学校の裏にある神社に向かう。

裏門を出て、学校から離れていくにつれて周りの音が少しずつ消えて行く。

知らなければ気づかないような脇道を進むと、両脇を木々に覆われた細くて長い石段が現れる。

下から見上げると石段の先だけぽっかり穴が開いているように空に通じている。

そこは異世界へつながる階段みたいに、荘厳な雰囲気が漂っていた。

さながら儀式のように時間をかけて、手すりも無い石段を一段一段踏みしめて登る。

その度に体内のドロドロしたものが足裏から滲み出ていって、珪藻土マットみたいに石段に染みこんでいく。

だんだん身体も気持ちも軽くなっていって、登りきると大抵気分が良かった。


〇:うっす

境内の入口を我が物顔で陣取る先客にいつもの挨拶をすると、いつもの返事を返される。

ここで会うのはこいつくらいだ。

正直、普段は仲良くできる気はしないんだが、この場所ではうまくやれている気がする。



境内の脇から田舎町が一望できて、木々の葉が紅く色めきだした最近の景観は格別だった。

定位置である古びたベンチに腰を落ち着けて、画材を取り出す。

強い風が定期的に吹いて、キャンバスを揺らす。

描きずらいし、そのせいで失敗する事もけっこうあるんだけど。

この場所と対話をしているようで、心が落ち着いた。

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

和:キャッ;;;

この場所で聞く事の無い声に振り返ると、黒くて長い髪が風に流されていた。

〇:井上?

驚いた様子のオレを見て焦って髪を整える。

和:あっ;;;ごめん

和:これは、そのっ;;;

早口で言い訳を続ける井上。

和:今日部室来てくれるって言ってたから、迎えにいったらいなくて

和:ちょうど門出てくの見えたから

和:気になって、追いかけてきちゃって、キャッ;;;

再び吹いた強い風が井上のスカートをなびかせる。

露わになった白い太腿の造形美に目を奪われる。

そんなオレの視線に気づいたのか分からないが、顔を赤らめて両手でスカートを押さえる。

和:ご、ごめん//////

〇:いや//////

何のごめんだよ・・・こっちまで恥ずかしくなる。

和:あの;;

和:あのね;;

和:邪魔するつもりはなかったんだけど;;

さっきからずっとあたふたしている井上が面白くて・・・可愛くて・・・


〇:ふっ

和:え?

〇:オレなんも言ってないけど

和:怒ってないの?

〇:なにが?

和:だって、こっそりついてきちゃったし

〇:迎えに来たんだろ?

和:そうだけど

〇:こっちこそごめんな

和:え?

〇:今日部室行くって言ったのにさ

和:うん・・・

〇:座れば?

和:うん・・・

気まずそうにオレの隣に腰を下ろす。


・・・・・・

・・・・・・

隣に井上がいるというだけで、さっきまでの景色がまた違って見えてくる。

井上には、どう見えてるんだろう。

そんな事を考えていた。



〇:オレさ、好きなんだよね

和:え!?

〇:この場所。良くない?

和:あぁぁ;;;うんうん、いい場所だね

〇:だよなー。景色もきれいだしさー

和:う、うん

景色を見ているのかと思ったら、口数の多いオレを不思議そうに見つめていた。


和:なんか、今日ご機嫌?

〇:いつも不機嫌みたいな言い方だな

和:あっ、そうじゃないんだけど;;;

〇:まあ好きな場所だから機嫌はいいかも

〇:あの長い階段もいいしさ

〇:ここって神聖な雰囲気があるじゃん。空気が澄んでるっていうかさ

〇:ちょっと違う世界に来てる気がするんだよね

この場所で誰かと話すなんてなかったけど、オレってこんなに話したかったんだな・・・

饒舌になってるオレを見て楽しそうに笑う。

和:ふふ・・・昔遊んでた時にそういう事よく言ってたね

〇:ハハッ、そうかもな。なぎもノリノリだったけど

子供のころは、よく一緒に近くの森を探検したりしてたっけ。

昔を思い出して少しだけノスタルジーに浸る。

あの時はただ一緒にいるだけで楽しかったのにな・・・

ん?

なんだか熱の籠った視線を送られている事に気づく。



和:久しぶりに呼んでくれたね//////

和:なぎって//////

〇:あっ;;

和:高校入ってから苗字呼びになって、ちょっと寂しかったんだよ

和:ううん・・・すごく寂しかった

・・・・・・

・・・・・・

〇:それは・・・変な噂たっても困るだろうし・・・

和:困るんだ・・・

〇:まあ、そうだろ

オレじゃなくて井上がな・・・・

和:私は嬉しいのに・・・

そんな事言われても・・・

なんて答えていいかわからずに口をつぐむ。

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

和:ねえ、絵見てもいい?

〇:あー、うん・・・

肩が触れるくらい近くに座り直して、オレの絵を覗き込む。

その横顔があまりにも綺麗で、言葉を失う。



・・・・・・

・・・・・・

和:いい絵だね

和:やっぱり好きだなぁ///

和:〇〇の優しいとこが絵に全部入ってるの

和:昔っからずっとそこは変わらないね

和:たぶんこの先も

和:だから好き///

〇:そ、そっか//////

絵を褒められるってこんなに恥ずかしいんだっけ。

まあ悪い気はしないけど。

〇:オ、オレも井上の絵は好きだよ//////

・・・・・・

和:・・・ありがとう

一拍おいて少し寂しそうに笑う。

・・・・・・

・・・・・・

和:ねえ

和:明日から私もここで描いていい?

〇:へ?

和:私もこの場所好きになっちゃったし//////

和:〇〇の隣にいれるし//////

〇:そ、そんなの;;井上の好きにすればいいんじゃない?

・・・・・・

和:ねえ・・・

和:名前・・・

和:やっぱり名前で呼んでほしい

そう言って美しく整った眉を器用に困らせる。


和:〇〇は私と噂になったらそんなに嫌?

〇:いや、オレは別にいいんだけど;;;

和:だったら、なぎって呼んでっ

〇:え;;;;

和:一生のお願いっ!!

目を潤ませて懇願してくる。

〇:あ、あのなっ;;;一生のお願いオレに何回使うんだよっ;;;

和:だって・・・

和:一生に一度じゃなくて、一生有効なお願いだもんっ

〇:はっ?

和:一生なぎって呼んでほしい//////、一生私の隣にいてほしい//////

〇:んなぁっ!!?

なんか増えてるっ;;;

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

「カァァー」

先客の鳴き声に反応して顔を向けると、黒々と光る目でこちらをじいっと見ていた。

なんだよっ;;;今、お前に構ってる場合じゃ;;;

和:ねえ、こっち見てっ

頬を挟まれてグイっと視線を戻される。

片膝がピッタリくっつく程の近さで、じいっと見つめられる。

和:お願い//////

・・・・・・

・・・・・・


両手で頬を挟まれたまま、たっぷり潤んだ瞳にがっちりロックされる。

和:ダメ?

・・・・・・

・・・・・・


はあぁ・・・

無自覚な幼なじみの暴力にゆっくりと溜息をつく。

オレは昔っからこの顔にめっぽう弱い。



【終わり】


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