幼なじみのさくらと蓮加と後輩の菅原#1【ルーティーン】
カチャッ
部屋の扉が開いてリビングで過ごす一人の時間が終わりを告げる。
顔を上げるといつものように目が合う。
〇:おはよう、さくら
さ:ん、おはよ・・・〇〇
目を細めた後にリビングを抜けて洗面所に向かう。
その細い背中を見届けてから、開いていた本をそのまま伏せてキッチンに立つ。
薄いトーストを2枚セットしてケトルでお湯を沸かす。
2人分のマグカップを出してドリップ式のコーヒーを淹れる準備をする。
読んでいた本の内容を脳内で遡りながら、こぽこぽと音を立てるケトルをぼーっと見つめる。
タイパ重視勢からは怒られそうな朝時間の過ごし方だが、オレはこの時間が好きだ。
この為に早起きしてると言って過言無い。
少しして洗面所からちょこちょこ戻ってきたさくらが隣に立つ。
さ:ありがと
〇:ん
チィィーン
トースターが馴染みの音で焼き上がりを知らせると、さくらが2枚の皿を持ってスタンバイする。
開いたトースターからさくらの持つ皿にトーストをスライドさせるのはオレの役目で、
2人分のトーストを食卓に運んでから、置きっぱなしにしていたオレの本にシオリを挟むのはさくらの役目だ。
オレがマグカップを持って腰を据えると、立って待っていたさくらも正面に座る。
さ:ありがと、〇〇
〇:んっ、ありがとな
さ:ふふっ、じゃあ
〇:ん
さ:いただきます
〇:いただきます
おはようとありがとうとお互いの名前以外には特に何を話すでもなく、
ゆっくりと朝の静かな時間を一緒に過ごす。
これがオレとさくらのモーニングルーティーンだ。
・・・・・・
・・・・・・
さくらと一緒に過ごす時間は長くて短い。
そして短くて長い。
時間が止まっているようでもあり、一瞬で過ぎ去ってしまうようでもある。
精神と時の部屋だと思ったら、実は竜宮城でした。
上手くは言えないがそんな感じだ。
はっきり言えるのはこの時間がとても心地良いという事。
こういう時間を過ごせるのは相手がさくらだからなんだろうなぁ・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
いつも似たような事を考えてさくらをぼーっと見つめてしまう。
そんなオレの様子に気づいて、少し恥ずかしそうに小首を傾げる。
「なあに?」
目線だけでそう聞かれたので
「べつに」
と目線だけで返す。
なんとも言えない表情をした後に、少しだけ笑う。
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
〇:そろそろかな
さ:うん・・・
カチャッ
部屋の扉が開いてリビングで過ごす2人の時間が終わりを告げる。
蓮:ふあぁぁああ・・・
盛大な欠伸を発し、開かないままの目をくしくしと擦りながらで歩いてくる。
〇:おはよう、蓮加
蓮:んっぅ
挨拶代わりにぽすっと肩で軽すぎるタックルをくらう。
さ:蓮ちゃんおはよ
蓮:おさくぅー
さ:はいはい
さっきまでだらっとしていた両腕がさくらに向かって伸びていき寝起きのハグをする。
たっぷりめに時間をかけて・・・
蓮:んぅぅー-
一通りぎゅーっとした後に蓮加の両手がさくらの全身を味わうように蠢く。
さ:やぁっ///
さ:もぉ;;;あっ///
蓮:ふふ・・・
朝に似つかわしくない声がさくらから漏れると満足そうに鼻を鳴らす。
羨ましいだろうとでも言いたげにオレの方をチラッと見る。
蓮加のなかではそーいうルーティンがあるらしい。
よくもまあ毎日毎日ゆるゆるゆりゆりと・・・
さ:あれ?
蓮:んぅ?
さ:蓮ちゃん、またブラしてない;;?
蓮:え?どこいった
ダルっとした大き目のシャツに雑に手を突っ込んでまさぐるせいで
所謂寝起き幼なじみの胸チラ、脇チラ、へそチラというやつが・・・
それでもまあ・・・
ほぼ毎日ともなると何も感じないものである。
というのは建前で、何度見たって目の毒だ。
幼なじみとはいえ、なかなか耐性がつかない。
平然を装いカップに口をつける瞬間にそっと目をやると、じーっとこっちを見ている2人。
蓮:スケベ///
さ:えっち///
という件をやってから顔を洗いに行く蓮加の背中を見送っていると、テーブルに置き忘れていた右手の甲に刺激を感じる。
さ:えいっ・・・・えいっ・・・
正面に視界を戻すと膨れっ面で人差し指を繰り返し突き立てるさくら。
〇:な、なんだよ;;;
さ:別に・・・なんでもない
なんなんだいったい;;;
数分後に蓮加が戻ってきて、ようやく3人の朝が始まる。
〇:昨日も遅くまでゲームか?
蓮:まあねー、昨日っていうかさっきまでって感じだし
さっきまでの眠気はどこにいったのか分からないが、勢いよく胸を張る蓮加。
ブラジャーの行方は如何に;;;
〇:えっと;;あんまりゆっくりしてると1限遅刻するぞ
蓮:はいはい。いいよなぁー2人はいつもまったりご飯食べてさー
〇:だったら蓮加も起きろよ
蓮:うーん、それは無理
さ:まあまあ・・・
さくらに優しく諫められるのもいつもの事だ。
〇:今日は朝食べるか?
蓮:うーん、いいや
〇:なんかあったかいの飲む?
蓮:それもいいや、ありがと
蓮加は昔からなかなかの偏食というか食べない時は別に食べないというスタンスだ。
以前は色々言ったり無理やり用意したりしていたが、その辺はもう諦めた。
蓮加も子供じゃないんだから、自分の事は自分で決めればいいだろう。
3人になるとさっきまでの静かで穏やかな時間が嘘のように賑やかになって時間の進み方が変わる。
どちらがいいとか、どちらが好きとかそういう事ではなくて
穏やかな時間のお陰で賑やかな時間が、
賑やかな時間のお陰で穏やかな時間が、
尊いものだと感じる事ができる。
真逆と言えばそうなんだがそれぞれの良さがあってオレはどちらも好きだった。
2人の幼なじみとのこんな共同生活も早いものでもう2年目になる。
オレ達3人は幼なじみで小学校に入る前から一緒にいた。
中学、高校までは聞いたことのある話だが、まさか大学まで3人一緒になるとは。
そして一緒に住む事になるとは・・・
ー-----
蓮:ルームシェアしようよ!
大学の合格発表があった翌日に蓮加が言い出したのがきっかけだった。
さ:ふふ。本当にできたら楽しそうだね
〇:いやいや・・・
蓮:いや?
〇:え?
蓮:だから私たちと一緒にいるのいや?
〇:いや、そーいういやじゃないけど;;
蓮:そーだよね、いいよね!
いくら昔から知った仲とはいえ、男女でルームシェアって・・・
さくらだって本気にしていないだろうし、親達だってさすがに了承しないだろう。
そう思って適当に流していたのがよくなかった。
蓮:〇〇、部屋!!すっごいいい感じだった!!
さ:うんうん、〇〇も絶対に気に入ると思うよ!!
翌週にはノリノリの蓮加と、すっかり懐柔されたさくらの2人で内見を済ませていた。
それぞれの親アンドオレの親にもすーっと話が通っていて、いともたやすく契約に至る。
親としては一人暮らしよりはよっぽど安心という事らしい。
そんなこんなで気づけば3人での共同生活がスタートしていた。
ー-----
長く続いているオレ達の関係だが、今まで何も無かったわけではない。
中学の卒業前に蓮加から告白された。
そして同じ日にさくらからも・・・
偶然にしては出来過ぎだし「返事は今じゃなくていい」と言われた事からも2人の間になんらかの密約があった事は明らかだ。
オレがどちらを選んでもそれを受け入れる・・・
そういう類のものであった事は想像に難くない。
長く一緒にいすぎて異性として見れないなんて事を言うつもりは無い。
オレは蓮加の事が好きだった。
そしてさくらの事も好きだった。
だからこそ・・・
どちらかを選ぶ事がオレにはできなかった。
蓮:そっか・・・やっぱりね・・・
さ:そうだよね・・・・〇〇は・・・
気持ちに応えられない事、今は誰とも付き合う気はない事を伝えた時の反応もほぼ一緒だった。
そういう答えを出したのだから、今まで通りではいられないし距離を置くべきだ。
そう思って2人以外の誰かを好きになってみようなんて考えた事もあった。
それでもそんなのは相手に失礼だし、蓮加とさくらが好きだという事をあらためて認識してしまうだけだった。
結局今までと変わらず接してくれる2人の優しさに甘えて、
今までと変わらずつかず離れずの距離を保っている。
変わったのはオレが勝手に罪悪感を纏うようになった事くらいだ。
このままじゃいけないって分かっているのに・・・
^^^^^^^^^^
咲:せーんぱぁいっ、おはようございまぁすっ
大学について蓮加とさくらと別れてから一限のある別棟の入り口で聞き覚えのある声が耳に届く。
今日も朝からテンション高いなぁ、なんて考えながらいつも通りの対応をする。
・・・・・・
咲:せんぱい?
・・・・・・
咲:〇〇せんぱぁぁいっ!!
・・・・・・
声でかっ、目立つじゃないか;;
慌てて声の主に目を合わせると、ぱっちんぱっちんと大げさなウインクを連発される。
うぅーん・・・・・・
可愛いが、朝からだと重いな。
よし、これも思い切ってスルーさせていただこう。
・・・・・・
咲:ちょっとちょっと;;;無視しないでくださいよぉ
・・・・・・
咲:せんぱぁい
トトトっと駆け寄ってきてオレの右肩を雑にツンツンつつく。
咲:ツンツン
・・・・・・
咲:ツンツンツン
・・・・・・
咲:ツンツンツツツツツ・・・
〇:分かった分かった;;;
口で言うって;;反則だろ;;
〇:あぁなんだ菅原か;;;全然気づかなかった;;;
咲:もぉー絶ぇっ対嘘ですっ!!しかもなんだってなんですか!!
〇:ははは;;;
咲:私が傷ついたらどーするんですかっ!!責任とってもらいますからね!!
〇:ごめんごめん。今日も元気だなぁーって思って、つい。くくっ;;
咲:今日も意地悪ですね。先輩は!!
鼻の下を膨らませて睨まれる。
可愛いだけで全然怖くない。
こういういつも通りのやりとりになんだか安心している自分がいた。
唯一気兼ねなく話せる後輩の菅原をいじるのは、オレの大学でのルーティーンだ。
いつも付き合ってもらって悪いなあなんて思いつつ、
日頃の感謝を勝手に込めて珍しく普通の朝の挨拶をしてみる。
〇:おはよう、菅原。いつも悪いな・・・
咲:え;;;はい・・・えっと・・・おはようございます///
【続く】
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