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シルビア日記25 初心

 僕が柔道を始めたのは大概の競技者より遅く中学2年生から3年生に上がる頃だった。それまではサッカー部でゴールキーパーを務めていたが、顧問の転勤やあまりのヤンキー集団に嫌気がさしていた。いやそれよりも自分の下手さだったと思う。いろんな感情が交わってサッカーから離れていった。
 本来の人にちょっかいを出す性格は学年が上がるにつれ増長していた。あの時もそうだった。
下駄箱で靴を取ろうと屈んでいた人に後ろから
『オオツカ〜』
と嫌な絡みから後頭部を叩いた。
一瞬の違和感を感じた時にはもう手遅れだった。振り返ったその人はいつもの気の優しい大塚ではなく、1学年上の柔道部の伊藤さんという気の強い人だった。ダッシュで逃げたがぽっちゃりの私は軽量級の伊藤さんに捕まるのは必然だった。そのまま柔道場に連れて行かれ馬乗りになり殴られた。自分が悪いんだから仕方ないがやりすぎだろうと思ったが態度に出すとまだ続きそうなので我慢した。
 それからというもの伊藤さんに校舎内で会うたびに殴られた。慣れたというわけではないがなんだか拉致されていた柔道場の温かさに少し心地よさを感じていた。
学校の近くにある接骨院に連れて行かれ、併設している柔道場に通うようになった。先生は常にオーバーリアクションで褒める人で、単純な私はすぐに柔道の虜になった。
そんな35年前の記憶が蘇ってきた。
 福岡の綺麗な景色の猟師町で無駄なルールにとらわれないみんなが自分らしさを求めるような柔道場と出会った。短い時間だったが柔道の本当の楽しさ、それは人が優しさを持って繋がることを教えてくれるような場所だった。
子供達の生き生きとした表情、なんでも言い合える先生との関係。みんなの最高の故郷がそこにあった。
 勝った負けたや、大人のくだらない見栄の張り合いなどに疲弊する昨今、もう一度自分の育った道場で汗をかこうと思わせてくれる場所だった。

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