心地よさを見つけているな
今日一日、『学習性無力感ってこれだな~』っという感覚を強く感じて過ごしていました。
『また、何かしても、否定されて取られて失敗と位置付けられるのだろうと。』
繰り返しの中から、しみついた感覚と頭の声に、とらわれている日が多いです。
教えているつもりで虐待をしている。というのは、親子間だけではないですね。大人同士でも。
大人の場合は折檻という言葉のほうが合いそうでしょうかね。
今風に言うと、モラハラですね。
朝書いたnoteで思い出した出来事の印象もその感覚を強くしていた日なのかな。
いちいちお手付きされない私の人生を過ごしたいですね。
夜になって、やっと一つ、作りました。
自分の声が無力感を覆して癒してくれる感覚に気づきました。
作りながら聞いている時間に、心地よさを見つけているな。
ひとつ前の、個人情報のnoteとの「ギャップ」もあわせてお楽しみください。