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かつてブナは…

年末にnoteを始めて、2回目の投稿は新年おめでとう!㊗️で始まる予定だったのに…その後は施設に入った母親と寝たきりのもう一人の母を見舞いに兵庫県の実家へ。新年も10日を過ぎ次第に明らかになる地震被害や、ボクの周りにも明るい話題はなく例年以上に沈んだ正月でしたが、そんな年頃なんですねー。いつまでも沈んでられないし安曇野に戻って今日から再スタートです。

それにしても初投稿の写真がなぜ美ヶ原だったのかと、やっぱり初投稿はプロフィール通り本筋の森の写真だったよなって…後で思ったけど😅 ま、撮れたてタイムリーな冬の写真てことで良しとしよう。そこで改めて自己紹介です。

ボクが撮る写真はほぼ信越境のブナの原生林で、そこでの気づきから伝えたいことが生まれ、伝える手段として個展開催を始めました。その必要から大判プリントや独学で額縁づくりを始め、それが現在の工房の仕事へと繋がってます。

二十代前半に大阪のスタジオで広告写真の世界に入ったものの馴染めず、その後10年間のブランクを経た後にあるきっかけから写真熱が再燃し、本当に撮りたいものを探して1997年に信州に移住しました。そして森と出逢い個展活動を続けてきて、今ようやく好きな写真で誰かの役に立てる、そのスタートラインに立てた気がしています。

19の夏の北海道での様々な出逢いから「写真家になりたい」という漠然とした将来への想いが生まれた。あれから四十数年…長いね😅最短距離を来たわけじゃなく紆余曲折の末に辿り着いた今ですが…どんな時でも自分の価値観を軸に写真で人とつながり写真を楽しんできた自信はあります。

そんなボクの写真と、そこから繋がってきた様々な想いを落ち着いて書き残す場としてnoteを始めました。まずはボクのことを知ってもらうためにも過去の個展から抜粋した写真とメッセージを見ていただけたら嬉しいです。

かつてブナはいちばん普通の雑木だった 2008年
この写真展のタイトルは昭和35年発行の古い辞書から引用しました。それによるとブナは「山谷に生える、いちばん普通の雑木。薪や炭にする」とあります。ちなみに雑木は「家具や建材にならない、いろいろな木」とも書かれています。歩留まりが悪く建材には不向きなため薪や炭にして燃やすしか使い途がないとされ、橅(ブナ)という漢字は価値のない木、無用な木という意味で近年になって当てられたようで、当時の間違った認識そのものです。その名のとおり昭和の拡大林業により日本中のブナの森は伐採され、当時カネになると言われたスギの人工林に姿を変えました。ブナは何処にでもあるいちばん普通の雑木だったのです。豊かな森には多くの動物や野鳥が暮らしていました。森が水を蓄え、災害を防ぎ、人も動物も森に守られて暮らしてきたのです。何の役にも立たないように見えたブナは本当は空気のように、無くてはならない存在だった。失って初めて気づく、本当に大切なものとはそういうものです。

6月、残雪の消えた初夏の森でブナの実生


5月下旬 残雪と新緑の森

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