スマートフォンの機種変更とプラン見直しがあまりうまくいかなかったこと 2023年5月14日

 ここ二週間ほどで、スマートフォンの機種変更と料金プランの見直しをする。
 ここ2年近くiPhone SEの第2世代(64GB)―当時の販売価格は55270円だった―を使っていたのだが、現場でちょくちょく落としていたために本体にひびも入っていたので思い切って買い替えることにする。それと、料金プランもUQ mobileの方が安そうなのでこれも移行する。だが、これがのっけから思うようにいかない。
 店頭で対応してくれたのは若い女性店員。わりにふくよかな体型で、腕にはApple Watchをしている。僕が機種変更したい旨を伝えると、空いていた中央のカウンターに通してくれる。まあここまでは何の問題もない。
「ご希望の機種などございますか?」と若い女性店員。
「えーっと、今使ってるのがSEの第2世代なのでその第3世代を」と僕。すると彼女はとても申し訳なさそうな顔をする。「すみません。今店内に在庫があるiPhoneが14だけでして……、14ならすぐにお出しできるんですが」
 いやはや馬鹿言っちゃいけない。14って今コマーシャルばんばん打ってるやつでしょうが。いちばん安価なのだって14万ぐらいするじゃないの。こちとら固定費を下げる目的も引っ提げて来てるんだからあんなの却下である(分割回数増やしたって今より高くつきそうだ)。とはいえ、わざわざ店頭にまで足を運んでむざむざ何も買わずに帰るというのも癪である。正直あまり乗り気ではなかったけれど、別の機種を提案してもらう(「SEと同じくらいの価格帯で何かお勧めありますか?」)。すると彼女、今度はにっこり笑顔で「Pixel 7がお勧めです」と言う。
 あーそれもコマーシャルで見たことある。Googleが出しているAndroid端末だ。まあたしかに価格はSEと同じくらい(68220円)。そんでもって長時間駆動バッテリーを謳っている。高性能カメラは欲していないけれど(施工写真を撮るだけなんだからそんなの要るわけがない)、バッテリーの減りは早くなってきているし、魅力的と言えば魅力的である。「じゃあ、それください」と僕は言う。
 機種が決まったところでようやく具体的な(そして結構、細々とした)契約の説明に入っていくわけだが、ここで一つ気になることがある。この若い女性店員、僕が何か要望すると(例えば「こっちの料金プランで月額の見積を出して欲しい」とか)、そのたびに店のバックヤードに引っ込んでしまう。何でだろうと思って首を伸ばすと、僕よりやや上かあるいは同い年ぐらいの人に何やら聞いている。新人なのかしらん。そう思いながら指示を仰いで戻ってきたと見える彼女の胸辺りを見ると、ばっちり「研修中」と書かれたネームプレートを付けていた(この段に至るまで僕はこの事実に気が付かなかったのだ!)。
 うーん、弱ったな、大丈夫かなと不安はよぎったけれど、ここは一先ず我慢する。別に接客態度は悪くないし、愛嬌もあったから。上司が代わる代わるやって来て、こちらの契約内容を、というより、彼女がした説明内容を確認していく(「これ伝えた?」「はい」「じゃあこれは?」「あ…まだです」)。その間、時間だけがじりじり過ぎていく。長々とした説明がようやっと終わり、新しい機種を手に席を立った頃には、来店から一時間半が経過した15時30分になっていた。やれやれ。何だかすごい疲れる。
 しかし、そういつまでも疲れてばかりいられない。SEを下取りにだす前にやらなければならないことがある。一つはLINEアカウントの引継ぎ。僕はこれまで知らなかったのだけれど、OSが変わるとトーク履歴が完全には引き継げないらしい。調べてみたら、消えずに残るのは直近十四日分の履歴のみということだった。まあそれでもまるで残らないよりはましなので、文句は言わずにこれをやる。それともう一つ、OSが変わったがゆえにやらなければならない面倒事がある。それが充電ケーブルの買い替え。当たり前な話だけれど、ケーブルの端子?コネクタ?(えーっと僕は「差込口」のことを言いたいのだ)がiPhoneとAndroidでは違う。試しにヘッドボードのコンセントから伸びている既存のケーブルを新しい機種にあてがってみるが、差し込めるわけもなく、カチカチと人を小馬鹿にしたような音がするだけである。しかたないので、家からいちばん近い電気屋に買いに行く。そして、全てが同じに見えるケーブル類を前にして途方に暮れる。僕はこういった物の細かな違いを判別するのが苦手なのだ。家から持って来た既存ケーブルを店員に見せながら、「すいません。これはUSB Type-Aですか?Cですか?いや、新しくした機種はこれで―。はー、Lightningっていうのもあるんですか…」みたいなやりとりをしていると我ながら馬鹿みたいである。そんなの事前にちょっと調べてくりゃいいじゃんよと心の中で自分に毒づくけれど、今さら遅い。でもさすがと言うべきか、店員はいたってクールに「充電器側はこの子、端末側はこの子、売り場はあちらです」とだけ告げて、自分の持ち場に戻って行った。ときにクールさは親切心を上回るのだ。
 さて、これだけやってしまうとあとは電話回線の切り替えだけなのだが、これもまた同じ店舗に行ってやってもらう(最寄りの店舗は別にあるのだけれど、二度繰り返して行かないとその場所の雰囲気なり感じなりが上手くつかめないという習性が僕にはある)。今度対応してくれたのもでっぷりとしたからだつきの女性店員。ただ使用した修飾語からもお分かりの通り、前回の子とは違って肉づきの良さに貫禄が感じられる。胸に付いているネームプレートを確認したら、案の定、Expertと明記してあった。名は体を表すというか、思わず唸ってしまう。
 検討していたauからUQ mobileへの移行は順調に行った。データ容量ごとの見積もさくさくと出してくれて、説明も簡潔にして要を得ている。僕は思うのだけれど、仕事ができる人というのは概して足し算だけでなく引き算もできる。具体的に言うと、のちのちクレームが入りそうなところは懇切丁寧に説明する(時々、蛍光ペンでマーカーを引きながら説明してくれる人がいるけれど、あれは親切心ではなく、説明義務は果たしたという証拠作りであることが多い)。でも必要以上のセールストークはしない。長々とした説明がなかったおかげでこの前は一時間半かかったのが、今回は三十分で済んだ。彼女はつけ爪をした手で器用にSIMカードを入れ替えながら僕の方を見てたずねる。
「これまで使っていた古い機種は下取りに出して行きますか?」
「もちろん」と僕は答える。そんなの当たり前じゃないかと思う。そのために写真や連絡先はもちろん、お気に入りのページやアプリケーションまで引っ越したのだ。あとは本体の初期化を待つだけである。しかし彼女はここで、プロフェッショナルな立場からとても冷厳な事実を僕に突きつける。
「見たところひびが入っているので、修理代が22000円かかりますけど」
 彼女はこれという感じで本体に入ったひびを指し示す。そして、「機種代の残債(26000円)は乗り換えに際して免除になるので損にはならないと思いますが」と付け加えた。
 いやちょっと待って欲しい。僕は思わず心の中で叫ぶ。だって払わずに済む金額が差し引きして四千円ぽっきりなんて「損にはならない」という程度で、全然お得感がないから。それなら最初からSEを修理に出して、バッテリーを交換してもらった方が良かったんじゃないかという気さえ今更だけどしてくる。SEに魅力が(とりわけミニマリズム的な魅力が)あっただけにだんだん腹が立ってきた。
 でも僕は何も言わない。黙ってる。なぜならすべては今更であり、「そもそも落としてひびを入れたあなたが悪いんでしょう」と言われたらぐうの音も出ないから。彼女はそんな内心の声は露ほども知らず、粛々と初期化を進める。時間だけが無慈悲に過ぎる。
               *
 それから一月ほどが経ったころ、僕の預金口座から22000円が引き落とされた。電話料金と一緒に、通告通りに。


いいなと思ったら応援しよう!