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靜浦1

 事の始まりは、10月16日水曜日の夜。その日は涼風立つ爽やかな日だった。私は友達と学校の広場で、和気あいあいと駄弁りながら、気持ち良くお酒を飲んでいた。するとその中の一人が、今週末に台湾原住民族の文化キャンプがあり、興味があるが、一人で行く勇気がないとこぼしていた。聞くなり私は私の「何か素敵な事がおこる!」という、いつもの馬鹿げた直感に従い、迷わず「私週末空いてる!行きたい」と言った。(毎度ながら思うのだが、幾度もの失敗経験を経て「直感に従う」事の危険性を知っていながら、学ばずに自分の直感の奴隷になるのはいい加減辞めたいものだ。)そして、私はほろ酔いのまま締切はとうに過ぎた申込フォームを記入した。次の日管理者に電話し、フォームを記入した事を伝えたところ、丁度最後の二人の枠が余っており、運よく決行となった。その時、これは何かの縁に導かれていると確信した。

 10月18日金曜日、私は朝の授業を病欠して(?、台北火車駅から台灣の花蓮県中部にある靜浦という阿美族の部落へ向かった。参加者は32人、その内28人が台湾原住民族の大学生で、私は至極アウェイであった。
 私は現在台湾の大学で民族学を専攻しており、以前も授業などで台湾原住民族の部落でフィールドワークワークを行う事もあったが、台湾原住民族の部落へ向かうことは、元統治国家でもある日本人の私にとって、特別な緊張感と覚悟が常に付いてくる。この感覚は、今後何回行こうとも変わることは無いだろう。その日も、右には台湾東部の美しい山並みを、左には太平洋の海岸線を写した車窓を眺めながら、今後起こるであろう出来事に出来るだけ最悪な妄想を膨らましていた。

 台北から約7時間の道のりを経て靜浦に辿り着くと、深緑のなめらかかつ急な山並み、強く岩に打ち付け白く泡立つ波、そしてただただ広い深青の海に圧倒され、この島には私たちしかいなく、目の前に広がる景色は今、私たちだけの物であるかのように感じた。

 


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