ドブねずみランド
ディズニーといえば嫌な思い出の宝庫だ。
学校行事で行き先はいつもディズニーランドもしくはシー。とある私立高校の不登校児でも入れるという学部で毎年行っていた。少人数制で生徒のメンツはほぼ一緒。つまらない奴らに加えて頭おかしいのが混じっている様で一緒にいても楽しくなかった。中学の途中で引きこもりまともな生活を送らず、親や先生に迷惑をかけたツケが回ってきたようだった。
21:43。会社帰り。今日も終バスに乗っている。後ろから2番目の窓側の席でぼんやりと豊洲辺りの摩天楼を眺めていると途中のバス停に着いた。
騒がしい群れが乗り込んできた。
両手には例の城が描かれたディズニービニール袋を抱えている。
そういえば隣りの隣りくらいにあるんだよな。たまにバスを逃していつもは使わない職場の最寄駅に着くと、カップルが両手にディズニービニール袋を持ち、園内のノリを引きずったままに有楽町線に乗り込んでいくんだ。
俺の隣。さらに通路を挟んで反対側にもディズニー女子達がどかりと座る。そして隣の女のリュックは宇宙柄で「ミッキーマウス」や「ドナルドダック」などの主要メンバーが頭だけ浮かび上がるデザイン。
意外と悪くないな。まあ要らないけど。
しばらく連中のノイズをBGMにボーっと夜景を眺めていたが、急に収まった。
横目で見るとメンバー全員が急に寝落ち。皆、薄目で寝ている。
耳に徐々に入ってくるボソボソ声。通路には痩せたおじさん。
「こういう奴らが…広めやがる…んだよな〜コロナをな〜」
おじさんのメガネがキラリと反射する。上は謎のメーカーのジャージに下はスーツの黒ズボンみたいな格好なので怪しさは勢いを増していて、小さく聞き取りにくい声で続ける。
「ドブねずみランド…ふざけやがって…」
ドブねずみランド!
よくよく見ると頭にミニーちゃんの耳カチューシャを付けていてドブネズミのごとく漆黒で濡れたように光っている。先程は気づかなかったそれを見た瞬間、俺の頭の中にありもしないおじさんとの記憶と真実の過去が一緒になってなだれ込んできた。
ここはランド(ディズニー)の中。出入り口近く。冴えない春服の俺は耳を付けた制服女子やマスコットが通り過ぎていくのをぼんやりと見てる。季節特有の強風に吹かれてこぼしたポップコーンは海風にのって走っていく。そのひとつを拾いむしゃむしゃと喰うドブねずみおじさん。
「俺はお前の気持ちが分かるよ」
「ミッキー型のアイスキャンディーの味は今でも覚えているか?」
大昔、開園したての頃に親に連れて行ってもらったよ。アトラクションは「ジャングルクルーズ」とか「イッツァスモールワールド」がお気に入り。帰りの車の中ではずっと園内マップを読んでいたよ。
そんな思い出の味は今日で一気に薄まった
先ほどまで隣にいた同級生は、赤いアロハシャツに短パン、そしてディアドロップのサングラスを纏った低身長で元柔道部のデブ男。話は合うやつだったが過剰に下ネタの話題が多く、人見知りだがイキがるタイプで俺はナンパをすると言い出し、まず通りすがりの園内の女子小学生から女子高生までサングラスを上げ、にやにやと視姦を始める。その鋭い性衝動感と園内との世界観の大きなギャップに俺の不快感と混乱のゲージがぐんぐんと上がり、最終的になぜか家族連れの女子中学生に声をかけるというオチに耐えられなくなり気が付くとここに来ていた。道理や辻褄の外れた人間の行動を目の当たりにしてパニックになってしまった。
「ドブねずみランド!ドブねずみランドに行け!お前のような過去にしがみつくどうしようもない人間は」
いつのまにか俺の両隣にチップとデールがいて、後ろに軽く手を組み無邪気そうに俺の顔を覗いている。
ドブねずみランドって何?隣に聞く。
「これやるよ」
おじさんはミニーちゃんの耳を取り外す。耳の部分はやはり実際に濡れていてローションを付けたように粘度があってリボンは薄汚れていた。恐る恐る頭につけてみる。
「未来に行動しろよ」
バスが終点の駅前に到着する。次の電車の時間に急かされ車内の人たちとともに体は外へ排出されていく。おじさんもディズニー女子も目を離したすきに街の中へ消え去っていった。