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お前の「座右の銘」を言ってみろ!
たしかまだ入社して一カ月足らずの頃の話である。
同期4人がなんとなく集まり、会社近くの居酒屋でゆるい飲み会をしていたところ、同じ会社の上役たちの集まりと鉢合わせしてしまったことがある。すでに彼らは2軒目らしく、いい感じの赤ら顔であった。
新入社員の僕らを見つけると、一人の男がにじり寄って来た。
「うちの部には新人入んなかったんだよ。お前ら、自己紹介しろ」
その人は、30代前半で編集長になったという会社では有名なお方であった。姿勢を正す新人たち。アイコンタクトの末、同期で年長の男が口火を切った。
「私は慶應大学経済学部出身の・・・」
「あ~、そういうのいいから」
いきなりの駄目出し。
「仕事はじめたらよ~、どこの大学の出身かなんて関係ないからね。そうだな~、オレ人の名前覚えるの苦手だからよ~、一人ずつ【座右の銘】でも言ってくれ。あと所属部署な」
ということで、「名前は名乗らず、座右の銘と所属部署を言って先輩の記憶に残す」というおかしなゲームが始まった。
慶應の彼が仕切りなおす。
「私の座右の銘は、人間万事塞翁が馬であります。これは幸福や不幸は予期できず、何が禍福に転じるかわからないことをさす言葉です。たとえ不幸なことが起きても、一喜一憂しないということです。所属は第一出版部であります」
「ふーん。哲学的だな。今日ここでオレたちに会ったのは幸福かな、不幸かな? どっちだろうね」全員沈黙。
二人目は才色兼備の彼女だ。
「私の座右の銘は一期一会です。あと笑う門には福来る。出会いと笑顔を大切にしています。広告部です!」
「お、広告部さんにはお世話になってます。これからよろしく頼むよ~」
雑誌には広告が不可欠なのだ。あと、女性に弱いタイプと見える。
場が少しくだけたので、三人目の彼が攻めに出た。
「私の座右の銘は、If you can dream it, you can do it.です。ディズニーの創業者、ウォルト・ディズニーが残した言葉で、夢見ることができれば実現できるという意味です。第二出版部です」
「そうか、お前か帰国子女は。発音がなめらかじゃねーか」
最後は私の番だ。
「私の座右の銘は、雨垂れ石を穿つです。小さな努力でも、いつか身を結ぶことを表す言葉です。コツコツと努力するのが信条で…」
「それってさ~、継続は力なりとどう違うの?」
所属部署を言う前に切られた。手堅くまとめたつもりだが、気に入らなかったらしい。
「おそらく雨垂れ石を穿つには、雨の雫くらいではなにもできないだろう、と周囲に高をくくられていたところ、それをひっくり返すドラマ性があるのではないでしょうか。どこか意外性があります」
なんとなくそれらしいことを付け加えた。
「ほぅ、なるほどな。継続は力なりより面白そうじゃん。雨垂れ岩を砕くか、いいね」
雨垂れでは岩は砕けません。石に穴をあけるだけです。と言おうとしたが、まぁいいかと思いとどまった。所詮、ただの酔っ払いである。
だがしかし、私たちの運命はその夜に決められたようである。翌日から、社内のエレベーターで編集長に会うと「塞翁、一期一会、ディズニー、雨垂れ」と呼ばれることに。数年後、私は彼の直属の部下にもなった。それはまた別の機会に書くことがあるだろう。
会社っておもしろいね。いろんな人がいて。。。