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フィリパ・ピアス 『トムは真夜中の庭で』
僕にとっての本書:
トムは時間をいききする。ハティの人生を受けとめてきた庭園で。トムとハティは、時間を超えて対話する。トムと、ハティ、こどもの一途さ。
原題は Tom's Midnight Garden
1958年の作品。
作家フィリパ・ピアスの最もよく知られた作品なのかもしれない。作家はこの作品でカーネギー賞を受賞しました。
今回読んだのは、高杉一郎氏の翻訳で、岩波書店からの1993年の初版でした。
とても素晴らしいです。
フィリパ・ピアス氏の本は、今回2冊目を読んだのですが、前回読んだ「まぼろしの小さい犬」同様、素晴らしい作品だと感じました。
作者は、こどもに試練を与えます。
こどもは与えられた環境下で、何かを求めて一途に行動する。ピアスはそうしたこどもを描くのがとても巧みです。
主人公のトムは、恵まれた境遇にありがなら、どこか満たされない少年。おじさんとおばさんが暮らす邸宅の庭で、やりきれない思いを抱えて過ごしています。
そして、ある日、邸宅で時間を越える経験をする。
そこでハティと出会い、対話し、理解し合う。そして、トムはハティの時代について、調べて謎解きを行っていく。
トムは、これで考えをまとめるための材料は十分にでそろったと思った。
「ハティは、男の人たちがズボンをはくようになった時代に住んでいた。だから、ズボンがはやりだした19世紀よりまえに生きていたということはぜったいにない。それでよし、と。」
「19世紀になってからイギリスをおさめていた女王は、1837年から1901年までくらいについていたヴィクトリア女王だ。ハティの女王様というのは、このヴィクトリア女王にちがいない。それから、ズボンをはいているフランスの上流社会の人の絵があるが、これはヴィクトリア朝もはじめのころの人だ。ハティはそのころもう少女だったわけだから、いまはもう死んでることにまちがいはない。だから、僕が庭園で見たのは、やっぱり幽霊だ。」
フィリパ・ピアス氏(1920-2006)は、ケンブリッジ大学で歴史学を学んだ方。
サトクリフと同じく、歴史感にうったえてくる作品をピアスが作ることができるのは、彼女が歴史に高度に親しんでいたからだろうと思います。
読み進めていくと、とてもおもしろいことに気づきます。
作中でまったく語られないことがあるのです。それは、なぜトムにそうした時をこえる力や機会が与えられたのか、なぜ、トムはハティとめぐりあうのか。
理由が説明されないことがとても印象的です。ただ、なんとなく最終章ですこしそれが仄めかされるのですが…
「時をテーマとする作品」とのことで、有名でもある本書。たとえばそれはイギリス児童文学でいえば本書であり、ドイツのそれでいえば『モモ』なのかもしれません。こどもはいつも、時間に興味を持っている。
本作は、アインシュタイン博士の相対性理論の発見から、約40年程度たったころの作品です。時間が、絶対的にだれにとっても平等なものではない、ということは、当時のエリートの間で、教養とされ始めていたころでもあるのでしょう。たぶん、科学的な「常識」は、すこし遅れて、時代の教養となる。
時代の話でいえば、スターリン批判が1956年、スプートニク号の打ち上げが1957年、本書は1958年。米ソの冷戦は一時的に「雪解け」するものの、また徐々に再燃へと向かう。そんな時代の作品。
本noteでよくとりあげるサトクリフも、本書のピアスも、冷戦という構図の中の作家なのだと思います。
くりかえしになりますが、時間をテーマとする作品と本書はいわれる。詳述しませんが、たしかに僕もそうだと思います。
時間の他には、庭園、ノスタルジー、ボーイミーツガール、そういうものがテーマにあると思う。
しかし、サトクリフが描く主人公がみなそうであるように、ピアスが描くトムとハティは、一途、なのだと思います。僕にとっては、時間ともうひとつのテーマとしては、こどもの一途さ、というものがあるなあと、読みました。
なぜトムに、時をこえる力や機会が与えられたのか。なぜ、トムとハティはめぐりあうことができたのか。
ピアスがこどもの一途さの力を、信じていたから、と回答しておきたいと思います。