エンデ『ジム・ボタンの機関車大旅行』
僕にとっての作品の要点:
ジム・ボタンとルーカスは大親友。出生に謎のあるジムと、腕利きの機関士ルーカスは、人口増を背景に故郷の島を出て冒険へ。相棒は機関車のエマ(女性)。そして皇女の誘拐に苦しむ皇帝に出会う。皇女リーシーを助けるべく、竜の待つクルシム国へ。大冒険の末、目的は達成されるが、ジムの出生の謎は明かされず、次回に続く。
幼く勇気があり、感性が豊かなジムと、科学的・論理的思考を持ち合わせた腕っぷしの強いルーカスのコンビが大冒険を繰り広げる。
1960年の作品。エンデの出世作という位置づけでしょうか。1961年にドイツ児童文学賞をとり、エンデは経済的に自立したとのことです。
エンデは1929年生まれ。この『ジム・ボタンと機関車代旅行』は彼が31歳のときの作品ということか。
エンデはギムナジウム(ドイツのエリート学校)で落第した時には13歳で自殺を考え、第二次大戦中には反ナチス運動に奔走した経験を持っています。危機を何度も経験してきた人なんですね。
本書の出版は1960年、「アフリカの年」。主人公のジム・ボタンは黒人の少年です。戦後、大戦の傷が癒えぬまま米ソの冷戦構造に翻弄されるヨーロッパの植民地主義が終わりを迎えていくころ、ということになるでしょうか。
エンデの作品を読み返して思うのは、リアリズムと幻想が同居しているということです。
空想の余地を残しながら、でもリアリズムのツボを押さえているように思います。
児童文学で大事なことは、こどもの想像を広げることでしょうから、物語のシーンを仔細にリアルに描くことはタブーなのかもしれません。エンデも人物については語りすぎることはしません。例えば、超重要人物のジムやルーカスですら、その容姿はよくわかりません。
でもそれが小説を読むうえで全く障壁にならないのが凄い。エンデの語りを受けている間に、読み手なりのジムやルーカスができあがってしまうからでしょう。僕は以前、趣味で小説を書いていた経験があるのですが、明らかに人物やシーンを語りすぎていたことを少し反省しました。
物語にはたくさんの民族や文化が出てきます。実際の世界でいえば、ヨーロッパやアフリカ、中国をモチーフに物語が進んでいきます。エンデは風刺が効いていると言われますが、現実の世界をモチーフに創作されたものだとはっきりわかります。それでいて、1960年という創作の年を思えば、おどろくほど異文化にわけへだてない作家の姿勢も見受けられます。
先日紹介したエンデのインタビューにもありましたが、エンデはナショナルなものというよりは、グローバルなものを希求していたようにも思われます。かたやナショナルで資本主義の西ドイツと、かたやインターナショナルで社会主義の東ドイツ、東西の対立を抱えていたドイツ出身のエンデの理想郷は、それら東西のバランスにあったのかもしれません。でもこれは僕の勝手な推測です。
他地域、異文化、異民族に対する「寛容」ではすまされないくらいの、無関心に近い叙述が見受けられます。若い(31歳)のエンデが、「他文化の摩擦?何言ってるの?全然わからない、理解できない」と見栄を切っているようで少しほほえましいですね。同時に彼の中にあった平和と同じくらいやんちゃを愛する反骨精神も垣間見えます。
ファンタジーの中のリアリズムがどこに見られるか。
たぶん、それは人物の描写。とくに、登場人物の悩みにあると思います。
どんな空想の世界を生きる人も、本をよむ僕らと同じことで悩み、苦しむ。その描写が、ジムボタンの空想世界と現実の僕らの世界をつないでくれると思います。
砂漠に、「トゥートゥーさん」という、「見かけ巨人」が住んでいます。実際より大きく見えることで、みんなに恐れられてしまう特別な性質を持って生まれてきました。ジムもルーカスも最初、大いに驚きおそれますが、勇気を出して近づいて、トゥートゥーさんの心をひらいていきます。僕はこの場面がとても心に残りました。以下、トゥートゥーさんの身の上話です。
この巨人の身の上話には、とても感情移入してしまう。孤独にまつわる苦しみ、悲しさは、普遍的なものだと思います。寂しさは、文化の壁を超えるんじゃないかな。そして、寂しさに対する共感も、みんなに共通の感情だと思います。
寂しさや孤独などの、普遍的な感情。それが読み手に、この物語がときおり見せる「リアル」な表情を感じさせているとおもいました。
学生の頃読んだ、ペルシア文学の『ライラとマジュヌーン』という衝撃的な本がありました。荒野の狂人に、国王が話しかける。そのときの両者の共通点が寂しさでした。なぜかこの本を連想しましたが、それについては別の機会に書いてみたいと思います。
*記事のイメージは、この本の登場人物のスケッチ。エンデの作なのかな…あまり上手いとは言えないけれど、必要に迫られて描いたものという感じがして、いいですね。
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