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「尋常ならざる」

2007年から、2009年にかけてのどのあたりかのことです。
僕は学生だった頃、イギリスの中東学者を対象に研究していました。

彼の名はエドワード・ブラウン(Edward Granville Browne 1862-1926)。

アラビア語とペルシア語とトルコ語とサンスクリット語とヨーロッパ諸語を操る、中東、特にペルシア文学史の大家でした。ケンブリッジ大の先生です(写真はブラウン)。

ブラウンにはもうひとつの顔がありました。文学史研究のかたわら、自分の中東とのネットワークを使って、イランやトルコの反体制派や革命派を力強く支援したのでした。当時、イギリス人には、アジア人の憲法や議会を求める運動を嘲笑する人も少なくなかったのですが、ブラウンはそんなことはない、トルコ人やイラン人にも出来るのだ、と彼らを熱烈に支援しました。

僕は彼とイラン立憲革命とのつながりを追いかけていました。
そして彼に書かれた本や論文を読む中で、とても印象的だった論文があって、タイトルは、

A Professor Extraordinary

今、これを書きながら検索をかけたら、懐かしい…すぐにヒットしました(副題略)。

論文の筆者McLean氏は、エドワード・ブラウンが、研究と並行して中東の政治的な運動を熱烈に支持していく様子を追いかけて、このようなタイトルにしたのだと思います。

それで僕はこのタイトルが印象的でずっと頭から離れなかったのですが、それには理由があって、ゼミで中間発表か何かのときに、僕はこのタイトルを「エクストラオーディナリ」と読んだのです。すると先生が優しく、「いや、MRTくん、これは、『いくすとろおーでぃなりい』だよ、はっはっは」と。ゼミ生も笑い、何か場面が和んだような感じになったのでした。そうか、いくすとろおーでぃなりいだったのか、まちがえちゃったぜ。

「それにしても、MRTくん、この『いくすとろおーでぃなりい』は、ブラウンにぴったりの言葉だね」

少し考える先生。

「つまり、尋常ならざる大学教授、ってことだね。」

おお、「尋常ならざる」…かっこいい。確かにこのブラウンという人は、研究業績の凄まじさ、政治活動の熱烈さ、そして良き父であり、テニスプレーヤーだったのですから、まさに、「尋常ならざる」人でした。

ぴったりだ…いくすとろおでぃなりい…

こうして、僕はひとつの英単語をこの経験と結びつけて覚えました。
いくすとろおーでぃなりい、「尋常ならざる」。要するにブラウンみたいな人のことだ、と。


さて、時は流れて、2021年(昨年)のこと。

僕は教師になってから、世界史や歴史をどう教えるべきなのか、ずっと自分の研究課題として心の中に持っていました。
そうしていろいろ調べていたら、ひとりの世界史教師の実践にいきあたったのです。

いや、出会うのが遅すぎたくらいでした。

彼の名は、鳥越泰彦。

鳥越氏は、麻布高校で世界史の教師をなさった方です。
鳥越氏は、日本の世界史教育の理想を追い求め、同じ志を共有する仲間の先生方とともに、研究を続けていたのでした。

その界隈では大変著名な人だろうと推測しますが、いかんせん僕は彼の名前に出会うのが遅すぎました。もっと早く彼を見つけたかった。まったくおれってばボーっとしてんだからよ…

鳥越氏は、麻布高校で妥協のない世界史教育を実践し、教科書の編集者でもあり、また、英語とドイツ語と韓国語(たぶん)を使いこなし、他国の歴史教育と日本の歴史教育を比較して発表するなど、まさに八面六臂の大活躍をなさっていました。しばしば、世界史教育のあり方をめぐり、政府系の関係機関にも提言を行いました。

そうして、2014年3月、麻布の生徒を国際交流・研究のため韓国に引率中、亡くなりました。48歳の若さでした。

僕は2021年に彼のことを知り、一瞬で好きになりました。本当にお会いしてみたかった。

それからすぐ彼に関するものは、出来る限り集め、読み込みました。
文献の渉猟と精読を繰り返し、読めば読むほど共感が深まりました。
そうして、自分の勉強のまとめとして、短いですが論文(というほどのものでもないけど)を書きました(勤務校の紀要に載せましたがたぶん誰も読んでないと思います)。

こんな方がいたなんて…すごいことだ。

ある資料の中には、彼を評して、「高校教師としては破格の知的スケールと学問的人脈」とありました。

はて、これは、この感じは…何か心当たりがあるぞ?
そういう、鳥越氏のような人のことを、何ていうんだっけ?

そうだよ、たぶん、否、絶対これだよな。

うむ、いくすとろおでぃなりい、だよな。

鳥越泰彦 「尋常ならざる世界史の先生」

これからも折にふれて、世界史教育についてこのnoteでも書くかもしれません。

今日は、ブラウンと鳥越、2人のprominentでextraordinaryな人物が、僕の中でつながった、というお話でした。

紀要に載せたものを、少し修正してこのnoteに載せておきたいと思います。自分なりに、世界史という科目のこれまでの趨勢をみたいと思っていたので、昨今の世界史教育についてもふれています。

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