時計の針は
壁に掛かるシンプルなデザインの時計を見ると、時刻は9時31分を指している。
この部屋に越して来て、初めてのクリスマス。
君に
「何が欲しい?」
て訊かれて、買って貰った海外製の壁掛け時計。
春も夏も秋も、そして次の冬も。
君が来た時、君とご飯を食べる時、お風呂に入る時、そして君が帰る時。
いつも向かいの壁の、同じ高さに目線を向けて、時刻を確認した。
いつしか、時計の電池交換は、君の仕事になっていた。
君が最後にこの部屋で、BLTサンドを食べた春の日から、この部屋のすべてを一人ですることになった。
切れた電球の交換も、換気扇の掃除も。
脚立を使って背伸びをしたら、なんとか一人でも出来るようになった。
夏の終わり、ピタリと針の止まった時計の、電池交換をした。
針が動き出す。
この部屋で君がしてくれていた事を、自分一人でなんでも出来るようになったんだなぁって…嬉しかった。
それから数日して、秒針が27秒辺りで力尽きたように動かなくなり、続いて長針も短針も、止まった。
新しい電池に換えたり、人にアドバイスを訊いたりネットで調べたり。
色んな方法を試してみたけれど、少し動くを数回繰り返して、ついには針はすべて動かなくなった。
秋も深まったある日、知人のSNSで、久しぶりに君の笑顔を見た。
恐る恐る、君のコメントを読む。
…今は、いいパパをしているみたい。
ホンの少しのドキドキ。
もう、悲しい気持ちはない。
やっと冬の匂いがして来た部屋の中。
いつ見ても「9時31分」のままの時計を、外す時。