
好きなことで溺れないために、深夜ラジオを聞く話
「好きなことに囲まれているはずなのに、
最近、すこしだけ息がしづらい。」
夜勤中にふと、そんなことを考えた。
病気があるとかストレスとか、なにか大きな嫌な事があったとか、そういうものでは無いんだけれど。
ただ、何となく、最近思考が凝り固まっているな、と感じていた。
その時は仕事が忙しく、 20代後半になると社会人として中堅の域に達してくる年齢にもなり、責任ある立場にも足を掛けるようになってきている時期だった。
やりがいもあるがその分責任も重くなり、
それが縦続くと『仕事』がしんどくなり、
そのしわ寄せは『生活』に向く。
生活にしわ寄せが行くと、とにかく日々を生きることで精一杯になって、自分の好きなことで埋めつくして心の安寧を保とうとする。
そして、音楽アプリや動画サイトを開いて、何度も聞いたアーティストの曲や動画を何周も繰り返して、自分の中の世界のバランスを保とうとする。
少なくとも、私はこの様なループになることが多かった。
新しいことをするにはエネルギーがいる。
だが、テレビや動画を見ることも、視覚を用いて情報を拾い咀嚼しようとするため『カロリー』が大きい。
仕事でHPもMPも消費している中で起き上がって何かをすることは非常にハードルが高かった。
しかし限りある趣味の時間を有効に使いたい、
なにか生産性のあることをしなければ、と感じ、
動画を倍速で見るという余計にエネルギーを使うことをしてしまう。「タイパ」という言葉が耳に触れるようになったのは、この頃だったと思う。
ここでひとつ、先程の音楽アプリの話に戻ろうと思う。
最近の企業努力はすごい。
再生した音楽ひとつ、気になった記事のタップひとつで、自分が好きな記事や音楽の系統を読み取って
「こんな曲が好きでしょう?」「こんなものはどうですか?」と積極的にAIがオススメをしてくれる。
勿論その恩恵を受けて
「来週からデパートでバレンタインフェアが始まるんだ」「気になる展覧会も始まるみたいだから、久しぶりに美術館も行ってみようかな」なんて休みの予定が決まるのも事実だ。
特に私は新しいものが出来るとあれこれ気になるタチなので、目新しい情報が新鮮に感じられてとても有難いし、好きな事やご褒美のために仕事を頑張る行為自体は好きなのだ。
音楽アプリもそのひとつで、自分が再生した好きなアーティストの音楽の別の曲を紹介来てくれたり、おすすめのプレイリストを作成してくれたりと至れりつくせりだ。
しかし、自分を癒してくれるはずの好きなものたちに日々囲まれて生きているはずなのに、真綿でゆっくりゆっくりと閉められていくような、ほんの少しの息苦しさを感じていた。
「そういえば、使い分けていたけれど
今アプリ何個入ってるんだろう」
そう思い、ふとサブスクリプションの音楽アプリを見ると、
LINEミュージック、Spotify、AppleMusic、YouTubeMusicとなんと4つも入っていた
(ほんとになんでこんなに多いんだ……⁉️)
「固定費も馬鹿にならないし、なにか解約しようかな」
そう思い何気なく普段使わないSpotifyのアプリをタップすると、慣れ親しんだ今迄のものとは違う、別のアプリ画面に高揚した。
すいすいと画面をスクロールしている中で、
ポッドキャストという項目があることを知った。
名前は知っているけれど、そういえばどんなものかは分からない。タップすると、どうやら様々な人がラジオやトークショーをしているらしい。各アーティストや芸人さんなど様々な人が軒を連ねている中で、
その中でふと、星野源さんのオールナイトニッポンに目が触れた。
その当時の私は、普段星野さんの音楽は人並に聞く程度であり、ファンと豪語できるかといわれたら恐れ多い、という程度の認識度だった。
でも、沢山の方がしているポッドキャスト。どれを選んだら良いか分からない中でも、少しだけ親近感がある、
(曲の事しか知らないけど、星野さん自身はどんなことを話しているんだろう)
そう思い、少しの怖いもの見たさと好奇心で、私はオールナイトニッポンの再生ボタンを押した。
「どうもこんばんは。星野源です」
低めの声ながらも安心感がある、聞き馴染みのあるその声で、星野さんはご自身の身の回りの事やたわいもない話をお話されていた。
星野さんがこんなに大きな笑うことなんか知らなかったし、ラジオで投稿されているリスナーからのお話に私も共に笑ってしまう。ラジオでは、まだ私が触れたことの無い星野さんの曲だけでなく、星野さんが最近好きだと言う洋楽や、他のアーティストの知らない曲も選曲されていた。
その曲達は、普段の私なら全く知る機会が無いようなアーティスト達の曲。
好きな物に囲まれているだけでは、触れることがなかった世界。
洋楽なんてここ数年聞いていなかったし、聞こうと思っても何をどう聞けば良いのか分からない。そんな中で、「この曲いいですよ」とさりげなくラジオの選曲で流してくれる距離感が、その当時の私にはとても心地が良かった。
(ラジオって、いいかも)
数十分聴いただけなのに、星野さんの魅力か
はたまたラジオそのものの魅力か、
私は深夜ラジオという新しい世界に一気に興味を惹かれていて、一時間半のラジオをあっという間に聞き終わってしまった。
(楽しかった。……すごく、すごく楽しかった)
仕事で疲れていても、耳だけで良い。
ご飯を食べている間やお風呂の間、掃除や洗濯の間など片手間で聞くこともできるし、布団に入りながらゆっくり聞くのも悪くない。
誰かの声がそばにあるだけで、自然と深く寝落ちていることもあったし、普段なら会うことも、知ることもないリスナーや星野さんの話を聴くこともとても新鮮だった。
深夜ラジオといっても、私が聞いていたのは過去に放送されていたものをまとめているものらしく、リアルタイムで聞きたい時はまた別のアプリで聞くらしい。
ポッドキャストで聞いていたものから、リアルタイムのラジオの世界に足を踏み入れ、気がつけば四年が経っていた。
星野さんが全国の人に向けて届けているラジオの中でも、その人に向けられた回答もあれば、私にも深く刺さるような回答があることもある。
聞いている側からしたら
「私」と「星野さん」という
ふたりだけの空間で過ごした夜がある。
テレビの中の人がたまに見せてくれる普段と違う姿や、真夜中には傍に共に居てくれる不思議な関係。
何故か少しだけ距離が近くなったような、遠い世界の人をより身近に感じられるような。
ひとりの夜でも、
好きなものに少しだけ疲れた時でも
「ちょっとこの話 聞いてよ
「この曲とてもいいんだ、よかったら聴いて」と
好きなもの達だけからほんの少し距離を置いて、
俯瞰で見つめられるようになった今、
あの息苦しさは少しづつなくなりつつある。
(ラジオって、面白い)