【カードゲーマー日常記】TCG遠征で友人のクソデッキと戦わされた話
今回、友人に誘われて大都会東京の大会へと遠征した。そのときの出来事である。
「めちゃくちゃ強いデッキ作ったんだよね!全対面に勝てる!!」
チームメイトの一人が居丈高に唱える。私は思わず驚いた。彼女がそんな風に言うのは初めてだったからだ。たまにデッキを作っている姿は見るが、大体は環境のリストに落ち着いていく。その姿を見慣れていただけに新鮮だったし、何より勢いが凄かった。
それは私達がチーム戦であえなく敗戦した帰りのこと、その最強デッキで出ればよかったと言いたげな口ぶりにも感じた。
「今日もそれで出ようかと思ったけどショップ大会で0-3したから…」
0-3…0勝3敗のことだ。
最強とはなんだったのだろうか。既に意味不明である。最も強いと書いて最強、それが0-3?不思議な謎かけだ。面白い。
幸いなことに明日も大会がある。このあと予約しているレンタルスペースで自称最強デッキを調整したいと彼女は言い出した。
はっきり言って御免被りたい。
0-3している時点で結果は出ているのだ。
しかし彼女は強気な姿勢を崩さないので、私も段々興味が湧いてきた。0-3しても未だに全対面最強だと唱え続けている彼女に私は心の中で「0-3ドヤ姉さん」と渾名をつける。
そんなこんなで到着したレンタルスペースで一息ついた後、別のチームメイトがおもむろに新段のBOXを取り出す。
皆がついに始まるかと目配せをする。BOX開封の儀だ。今回のBOXは通常弾とは異なり、特別イラストが大量に封入された特別なパックでトップレアには数十万もするものもある。
私ももしこの場で彼がトップレアを当てたならば後頭部を殴打して強奪する準備はできている。
ひとつ、ふたつとパックを開けていく。今回は特別パックで1パックに3枚しか入っていないので開封スピードもかなり速い。
BOXというにはあまりに小さく軽いその箱の中には彼のありったけの夢が詰まっている…はずだ。
2,3BOX開けたあたりから皆の様子が変わり始める。
…あまりにショボすぎる。
トップレアに釣られた男の夢が儚く砕け散る瞬間を今目の当たりにしているのだ。たまにそれなりのカードで声をあげるものの皆分かっている。これは、まずい。
BOXを開けるごとに彼の肩は小さくなっていく。
焦燥感と気まずい空気が部屋を満たす。
女子会向けのお洒落なレンタルスペースに水着で露出の高い美少女カードがオタクの手によって乱雑に置かれていく姿はなんとも痛ましい。
そして抵抗虚しく最後のパックを開け終わった。トップレアどころかろくなカードが出ず、無言でカードを片付ける姿が切ない。非常に申し訳ないが酒が美味い。
BOX爆死開封の前座も終わったので対戦の準備を始める。背中から哀愁が伝わるが無視した。
いよいよ最強デッキと対戦だ。彼女のデッキはランプデッキらしい。序盤にコストをブーストし、高コストカードを素早く叩きつけるデッキだ。
対する私は低コストのカードで序盤から攻め立てる高速デッキだ。相手のブーストが終わる前にどれだけ攻めれるかが試合の鍵になる。
お互いのデッキをシャッフルし、手札を確認する。その瞬間私を襲ったのは絶望だった。
序盤が重要なデッキにも関わらず、私の手札は1,2ターン目に何もできない惨憺たる内容だ。
これではいかに相手が最強0-3デッキといっても勝つのは厳しい。どう考えても相手のブーストが間に合ってしまう。
私の表情から手札が芳しくないことを察した友人はとたんに頬を緩ませる。弱った相手を甚振る肉食獣の笑みだ。
容赦なく対戦が始まる。
序盤をもたつく私をよそにテンポよくブーストしていく。本格的にまずい…
3ターン目、4ターン目に場にカードを出すもなす術なく破壊されてしまう。
そして、6ターン目を迎えた。充分にブーストし、高コストカードを出せる状態だ。
そのとき、彼女は口を開く。
「パスで」
…パス?何故だ?
ふと彼女を見ると、手札が無い。
馬鹿な。ほとんど1ターンに1枚しかプレイしていないはずだ。毎ターンカードを1枚引くことを考えれば手札が無くなるはずがない。
何が起こっている?
彼女の捨て札を見ると、除去カードのコストに手札を捨てることが必要なカードがあった。
これのせいで手札がないのか。
しかし妙だ…
このゲームでは捨てると様々な効果をもたらすカードが多くある。それらを使えば有利にゲームを進められるはずだが、そんなカードはなく、ただ高コストのカードが捨てられている。
何が起こっている…?
困惑しながらもようやく整ってきた手札から多くのカードを戦場に並べてターンを渡す。
彼女は俯いてこちらを見ないまま短く告げる。
「…パスで」
これ…クソデッキだ…
私は確信した。
おそらくカードを捨てることで様々な恩恵を受ける「ディスカードデッキ」と「ランプデッキ」を混ぜ合わせた結果、強力な高コストカードを自ら捨てるだけのクソデッキが産まれているのだ。
ブーストするのは高コストカードを出すためなのにそれを自ら捨てていては、もはや何もしていないのと同じだ。
事実、私はただカードを2枚ほど破壊された以外何もされていない。
お互いの長所と長所を打ち消しあって、ただ死んでいくだけの忌み子がそこにいた。
まるで肉食獣のように見えた彼女の笑みはよく見るとアリクイの威嚇でしか無かったのだ。気分よくブーストした後はお手上げ状態でただ立っているだけである。
「じゃあ、攻撃します」
「…通ります」
通るのかよ…
あっさりと試合が終わった。
これが0-3最強デッキかと感動すら覚える。
思わず失笑してしまった私に対して、必死に弁明を繰り返すアリクイの姿がそこにあった。
「違う、強いはずなんだって!」
諦めの悪いアリクイの手元にあるプレイマットには「〇〇大会優勝」の文字が鈍く光っている。
見なかったことにした。