【小説】免罪符
満旗浩二は清々しい高校生活を送っていた。何を犯しても、学校の先生方に叱られること、怒られることがないのだ。宿題忘れても、テストで赤点とっても。何をしても。――
すっごく難解な数学のテストが出た。みんなできなかった。担当教師の赤壁 強は、
「なんでこの単元をもっと勉強してこなかったのだ!?おい、若松答えてみろ」
若松という生徒は
「そりゃ、難しかったから……」
赤壁「本田、何故だ?」
本田という生徒は
「私もムズかった」
二~三人指名され、尋問されたが、満旗が指されることはない。こんなことは度々ある。が、どの先生方も満旗を叱ること、怒ることは決してない。
話はさかのぼる。
数学の教諭・後藤から
「おい!満旗!」満旗は進路学習相談室に呼び出される。満旗と後藤、1対1になる。
「お前はな、家が学校から近いんだよ。いいか、毎日、明日から毎朝6時に学校へ来なさい!」
満旗はすーっと怒鳴られたことにショックで落ち込みながら、教師の言い分に従う。毎朝6時に登校、そして勉強、また勉強。するとある日から、
「おい満旗!やり方が間違ってるんだよ!」「このバカヤロウ!こうしてやる!」……髪の毛を引っぱったり、テキストで殴られたり、体罰が始まった。
またある日、
「おい、これを飲めよ」後藤は理科室からヨウ素液を持ってきて、無理矢理満旗に飲ませた。満旗はその場でゲーッ、ペッと吐いた。
あくる日もあくる日も、後藤は満旗の髪の毛を引っぱったり、顔面や頭を丸めたテキストで殴ったり、ヨウ素液を飲ませたりした。さらには家庭科室から包丁を持ち出し、
「おい、どうだ、死ぬのが怖いか?」と、包丁を満旗の額に突きつける。――こんな日々が続いた。
学校は隠蔽に出た。この事実をなんとしても隠し通す――
学年が替わる。例の後藤はほかの学校へ異動になった。新たに担任になった、赤壁 強は満旗にこういう。
「満旗。これを渡すからよ、これから頑張ってくれよ」
綿で出来ている財布であった。
「これがこわれるまで、お前のことを怒りも、叱りもしないからさ」――
満旗は「綿財布」をそれは大切にした。
満旗「おい、若松、酒飲もうゼ」
若松「え?でも先公がよ……」
満旗「なあに。大丈夫、大丈夫。タバコもどんどんいこう」
若松「お前、正気か?ほ、ほんとに、大丈夫なのか?」
満旗と若松は酒とタバコを買いあさり、タバコを一服、ふーと、煙を吐き出して、夜に沈んだ。
――無論、例の「綿財布」をもらって以降、怒られることも、叱られることも、ない。逆に、気持ち悪いほど、みんなが優しい。
だがしかし、満旗は、「綿財布」をとある日、自ら燃やした。
「こんなもんのためにいくらほめられようが、優しくされようが、怒られなかろうが、学校のきったねえところを隠蔽してるもんじゃねえか。ったく、どこまで汚れてんだ。この社会は……」
満旗はバカバカしくなり、教師たちのしつこい止めも、一切聞かず、高校自体を中途退学した。
本当の“優しさ”とはどんなものなのだろうか。叱られたり、怒られたりしないのは手っ取り早い話だろうが、そんな簡単なものではないのではないか、満旗は思う。
「あんな『免罪符』をもらったって、学校の暴力の体罰の脅威を押し隠す、「悪」の誤魔化しそのものに違いない。そんなのはごめんだ。許されんことだ。少なくとも、僕には、悪に加担するつもりも、屈するつもりも微塵もない。」――
満旗はこんな遺文をかいた後、ウゲッ、と嘔吐をもよおして、死亡した。ヨウ素液を飲んだための、誤嚥性肺炎だった。
筆者は満旗から最後にこう書いてくれ、と頼まれたので、書いておく、そして、ここで筆を置くことにする。――
“綿財布は無くなったから、自ら、生命を絶った僕を、だれか正当に叱ってくれ給え”
追記。何故、満旗が自ら命を絶ったのかは、満旗本人にしか判らない。