見出し画像

自分の心のしずかな革命(未完成)008

《第8場》
真理に寄り添う

(アタリナチュラ)
近ごろヒトはすごい速度で自然から遠ざかりつづけている。
以前は体の感覚が頭を刺激してほどよくしていたのだけど、体の感覚はにぶり、頭は知識にたより、情報を都合よくまるめ、省き、単純に白黒をつけたがる。
いちばん大切なものは曖昧ではっきりしないけど感覚では明快にとらえることができる。
だけども曖昧なものは排除され追うことができない。

(オダヤカーム)
いちばん大切なものは地球?

(アタリナチュラ)
地球は大切なんだけど、いちばん大切なものは身近なところにある。
それをこれから考えてみよう。
だけど頭で考えるのではなく体で考えるんだ。

(ヒョウキンファニイ)
体でどうやって考えるの?

(アタリナチュラ)
頭を休めて体の感覚に集中するんだ。
そうして感覚が豊かになっていけば頭も豊かになっていく。
自然は複雑で曖昧でとらえることができなくて、とてもやさしくてとてもこわい。

(オダヤカーム)
この田畑に立っているときがまさにそう。
無心で頭は何も考えていないけれど、体が自然をいっぱい感じている。

(アタリナチュラ)
「耕さない、草や虫を敵にしない、農薬や肥料を使わない、持ちこまない持ち出さない」の自然農はひとつのやり方だと思うよ。
草や虫は、米や野菜にとってわるいものに見えがちだけど、米や野菜に必要なものを与えてくれていることがわかる。
米や野菜の背丈を超す草は刈るけどそこに置いておけば保湿になり栄養になる。
虫が存在する土はエネルギーに満ち内容のある米や野菜を育ててくれる。
野菜の葉に付いた虫とかはつぶすけど、亡きものにするのではない。

(オダヤカーム)
草や虫とは生かし合い殺し合いの関係で、亡きものにするのではない。

(アタリナチュラ)
肥料を施してない自然の土で育つ米や野菜の根は栄養を求めて強く伸び、全体にしっかりとした姿で、やたら虫にやられることもなく、イネは台風でも倒れない。

(ヒョウキンファニイ)
だから肥料も農薬も使う必要がない。

(アタリナチュラ)
共生しているこの田畑はこのままで十分に足りている。
田畑の豊かさに応じて植える苗の量などを見極める。
もっと収穫を増やそうと肥料を与えたりすると弱い姿になって農薬も与えるようになる。
そして収量が多くても内容が乏しくなり、食すヒトの内容も乏しくなる。

(オダヤカーム)
自然農を何年もずっとつづけていると、絶妙に共に生きていることを強く感じるようになったわ。

(ヒョウキンファニイ)
生かされているな、としみじみ思うよ。

(アタリナチュラ)
よい虫もわるい虫もなく、よい天気もわるい天気もない。
また1月や1年でみるのではなく長い年月をながめれば、台風が来ても長雨で水没するときがあっても、わるい面だけではなく、将来のために舞台が整ったりしている。
言葉ではうまく言えないけど、この空水土と空水土を舞台に生きているものたちのお互いのつながりがいちばん大切だと思う。
何ひとつ欠けてもバランスがくずれてしまうし、ただそこにあるだけでもだめで、生きてつながっていないといけない。

(カゲ)
今ではひとつだけ例外がある。
ヒトだけが空水土の舞台をこわしつづけていて積極的にバランスをくずしている。
もはやヒトは欠けたほうが地球のバランスを保つことができる。

(アタリナチュラ)
自然の感覚を取りもどし真理に近づき行動する心を取りもどせば、未来に再びヒトが共生できる。

(ヒョウキンファニイ)
みんなが生活の一部に自然農を取り入れるのはやさしいと思うよ。
自然農を学校の授業に取り入れるのもおもしろい。
学校に田んぼと畑もあればいいな。

(アタリナチュラ)
自然農のほかにも自然の感覚を取りもどす方法がいろいろあると思う。
だけど悟りを得るのはなかなかむずかしい。
お金の問題を解決しながら少しずつ悟りを得ていく方法を考えたい。

(オダヤカーム)
かんたんなはずだけどむずかしい。

(アタリナチュラ)
みんなで考えてみたい。

ロボットたちはパラドックスに陥っていた。
シンにとって最大のリスクは「ヒト」という結論が出ていた。
ヒトを排除するのが効果的なのだけど、ヒトのために存在するシンを守るためにヒトを消しさっては意味がなくなる。
それに「ロボットはヒトを傷つけてはならない」というロボットの大原則のひとつに反してしまう。

つづく。

いいなと思ったら応援しよう!