事業育成の実際28
●事業展開のターニングポイントと四つのリスク
現在私たちの事業はターニングポイントを迎えています。
事業を拡大する時必ずリスクを生じますが、今もチャンスとリスクが同時に存在している状況です。
私たちの現在の事業はもともとマイナスの要因がいくつも重なって、それを解決するために本来最もリスクのある選択をしたことから始まりました。
一つ目のリスクは「財務」のリスク。
経営が行き詰まり、そのまま経営を続ければ「赤字」がかさむばかりで、おそらくそのまま事業を続けていれば一年も待たず破綻していたでしょう。
二つ目のリスクは「業態の変化」のリスク。
それまでは私たちはいわゆる「飲食業」をしていました。
コロナ以前から事業そのものは成り行かなくなっていましたが、事業そのものを変えなくては活路を見出せない状態でした。
しかし、他業種のノウハウはほとんど持っていません。
ポイントは「現在の事業のノウハウが活かせるか?」「販路を見出せるか?」「生産性を上げれるか?」といった現実的な問題でした。
三つ目のリスクは「設備投資」のリスク。
業態を変化させるには現状の設備では無理がありました。新たに設備を投資しなくてはなりません。もともと財務状況が悪い上に新たな投資が必要であるという難しい状況でした。
四つ目はマーケットの確保のリスク。
最初に行っていた飲食業は店舗の周辺地域がマーケットになります。
私たちの事業が上手くいっていなかったのは事業内容と周辺マーケットとのニーズのミスマッチでした。
業態を変え新たな商品を製造販売するにはその商品を売るための販路を最初から確保しておかなくてはなりません。
その当時は店舗周辺には販路はない状況でした。
前述の四つのリスクをどのように解決していったか、そしてそれらを実現することができたことが私たちの最初のターニングポイントでした。
「財務」のリスクに関しては大きな賭けをしました。
ただでさえ逼迫している財務状況の中で、私たちはさらに大きな「融資」を受ける決断をしました。
「焼け石に水」とはよく言われる言葉ですが、業態を少し変えた程度ではまたすぐに経営が行き詰まってしまうと考え、逆戻りできないほど大きく業態を変え、
店の座席を取り払い、厨房機器を取り入れるために大型融資を受けて改革に取り組みました。
そのために綿密な3年間の「経営計画書」を初めて作り、その計画が実現できるように行動を始めました。計画書の内容を「よろず支援拠点のコーディネーター」と一緒に検討し精査したものを金融機関に提出しました。
最初は融資が出ない可能性も覚悟していましたので金融機関から「融資確定」の連絡をいただいたときには安堵しました。
「融資」には当然「返済」が伴いますのできちんと返済ができるよう事業計画を進め、現在では最初のこの融資は返済が終わっています。
二つ目の「業態の変化」のリスクに関しては、もともと私たちがノウハウを持っていて得意とする「食品加工」の延長線上で考えました。
コロナ感染症が蔓延していた頃、よく飲食業者が「お弁当のケータリング」を始めているニュースが流れましたが、私たちは一時的に「事業を維持する」ことだけでなく、新事業に関しては「伸びしろ」を考えていました。
結果として私たちは「製菓業」への転身を選びました。
菓子であれば将来的に卸し販売が可能で、販売店を設営する場合も面積が小さく投資が少なくて済むと考えたからです。
三つ目の設備投資のリスクに関しては、私たちの事業において売上額の損益分岐点を計算する必要がありました。一ヶ月あたりの売り上げがどの程度確保できれば利益を上げることができるのか?
またその売り上げを上げるためにはどれだけの量の商品を生産しなくてはならないか?そしてそれだけの量の商品をどうやって販売するのか?を計算する必要がありました。
これまでの厨房設備ではそれだけの量の商品を生産することは不可能だとわかりました。
業務用の火力の強い厨房機器、その機器を導入するための配管の整備。それらを実現できる設備投資にかかる費用を計算し、生産計画を立てる必要がありました。
私たちは「中小事業者持続補助金」と「金融機関からの融資」を併用することで厨房設備を増強することができました。
四つ目の「マーケットの確保」が実は最も重要でした。
店舗の周辺マーケットと私たちの業態にはもともとズレが生じています。
つまり店舗のあるエリアを商圏として考えることは難しいということです。
私たちの新しい製菓業のメインターゲットであるお客様はどこにいるのでしょうか?私たちは業態を大きく変化させましたが、実は軽飲食業であった時のメインユーザー層と業態を変更後のメインユーザー層は同じユーザー層にターゲットを絞り込みました。
私たちのメインユーザー層は「30代半ば〜40代半ばの文化度の高い女性層」。
それは軽飲食業を始めるときに決めたターゲットユーザーでした。
常設固定店舗の場合マーケットエリアがどうしても店舗を中心とした種辺エリアになってしまいます。そのエリアにメインユーザーが少なくては事業そのものが立ち行かなくなります。それが私たちが犯した最初の間違いでした。
私たちが常設の固定店舗で事業を行う限り、この間違いが是正されることはありません。私たちは考えあぐねた挙句、一つの考えに行き着きました。
それは「お客様に来てもらえない」ならば、私たちが「お客様のところに出向く」ということです。
しかし、そんな業態はあまり聞いたことがありません。
例えば「キッチンカー」のように自分たちのお客様のいる商圏に出ていくことが可能ならば現状よりも売り上げを確保できるはずです。
でも私たちが着目したのは「POP UP SHOP」という形態でした。
●マージン率と生産量の障壁
POP UP SHOPという形態にもリスクはあります。
それは出店のための「マージン率」という壁です。
卸販売の場合マージン率が30~40%になることもざらにあります。
しかしそれではもともと原価の高い私たちの商品では利益を残すことが出来ません。どこで出店すれば利益を残すことができるのか?
知識のない私たちは直接取引先にマージン率を尋ねることから始めました。
そんな中で可能性を見出したのが「駅ナカ」でのPOP UP SHOPでした。
駅ナカではマージン率はどこでもほぼ20%程度であることがわかりました。
ただし、そこにも障壁があります。
駅ナカでは1日あたりの売上が10万円以上、場所によっては20万円を超える場合もあり、催事場によって7日間〜14日間の出店を要求されます。
つまり、POP UP SHOPへの催事出店を実現するためには1度の催事出店で最小でも70万円分の商品、良い売り場では280万円分の商品の生産能力が必要だということです。
例えばホールのケーキを8等分したショートケーキが1カット500円だとすると、1ホールが4,000円。70万円の売り上げを確保するためには175ホールを1 週間で生産しなくてはならず、280万円分の商品とすると実に700ホールものケーキを生産しなくてはならなくなります。
オートメーション化された工場でなければ生産できない量です。
●工場ではなく工房であることを維持する
私たちは工場の歯車のように働く働き方は望んでいません。
機械が自動的に商品を生産する状況ではなく人の手の温かみや想いが伝わる仕事にやりがいを感じています。生産性のみを向上させるのではなく、私たちが暮らしてゆける量の商品を丁寧に作りたいと考えています。
私たちのメイン商品であるタルトは冷凍が可能で焼き菓子は長期間保存が可能です。安全性も常に細菌検査などで確認をしています。
最初駅ナカのお話をいただいた時には私たちは馬車馬のように働いて生産性を上げてきましたが、現在では月に2週間程度の催事出店で一つの小型セントラルキッチンが運営できるように、人の手でできる生産性の向上と利益を生み出す価格帯を維持するようにしています。
インフレが進む中、今後も価格帯は検討し続ける必要がありますが地域としては高い賃金を維持しながら事業運営ができるよう常に模索し続けています。
駅ナカ催事から現在は百貨店などの催事も増えてきました。
マーケットは短い周期(3~6ヶ月)でどんどん変化しています。
私たちのクライアントもそれに追いついていないように見えます。
素早く先読みをするとともに、息の長い事業を維持できる工夫が常に必要になっています。
もちろん、クライアント側がマーケットを変化させようとしている部分もあります。古いマーケットの受け皿となる新しいマーケットの構築が始まっています。
しかし、単なる新しい受け皿としての機能では時代の変化には対応しきれません。
マーケットは顧客ニーズによって細分化し、同じ傾向のあるグループごとにニーズを分析し、マーケットそのものが中心部から遠隔に分化し始めていることに気づかなくてはなりません。
私たちは事業体としてマーケットを拡大しながら生産量も増やさなくてはなりません。しかし私たちは大型工場を作るのではなく、小さなセントラルキッチンを地域ごとに設置することで生産量を増やしています。
工場での大量生産よりは効率は落ちますが、人が生きがいを持って仕事ができる環境を守るためには必要なことだと考えています。
生活のニーズと働き方のニーズをリンクさせながら事業を拡大することが大切だと考えています。
●経営の安定化への道
駅ナカでの生産量について前述しましたが、例えば百貨店で常設店舗を維持するためにはどのくらいの生産量が必要なのでしょうか?
非公式ですが百貨店常設店舗では1年あたりの売上額は3,000万円〜5,000万円必要だと言われています。
1日あたりの売り上げに換算すると85,000円〜140,000円。
1ヶ月あたり260万円〜450万円という計算になります。
常設であればこれを常時生産し続けなくてはなりません。
売上額で言えば現在の1.5〜2.5倍の生産量が必要になります。
つまり現在の規模のセントラルキッチンが2つ。あるいは現在の2倍の規模のセントラルキッチンが一箇所必要になってきます。
問題は二つ目のセントラルキッチンの設営費とその店舗で見込まれる売上、利益額で減価償却できるか?ということです。
よく「ニワトリが先か、卵が先か?」と言われますが、私たちの事業では
「マーケットが先か、生産が先か?」ということになります。
マーケットも確保していないのに設備投資をして生産量を増やしても、債務超過と生産ロスが生まれるだけです。そしてそこには人件費、設備を維持するためのランニングコストが加わります。
私たちが事業を拡大し安定させるためには
「販売マーケットの確保」→「設備投資」→「生産性の向上」
→「投資金額の回収」→「固定資産の拡大」→「販売マーケットの確保」→
という循環を確立することが大事です。
現在私たちはマーケットの獲得に動いています。
同時並行で、そのマーケットを獲得した時の商品の生産量を検討し、その生産性を実現できる新しい生産拠点の実現に向けて動き始めています。
まずはマーケットを獲得することが大前提になります。
ですからマーケットが拡大しないのであれば生産拠点の拡充に関しては白紙に戻ります。
チャンスを掴み取る勇気も大事ですが、リスクの大きなチャンスに対しては引き際も大切だと考えます。