100円のパンプス-1
「お母ちゃん、お母ちゃん?なんで泣いてるの?なあ、なんで?」
「あいつが悪いんや!あいつが女つくって逃げよったんや!」
「あ母ちゃん、泣かんといて!なあ、お母ちゃん!」
・・・・・
「社長っ!ちょっと待ちや!」
通り過ぎようとする社長の袖を掴んで、私は逃げる社長を引き留めた。
「この支払いどうなってんのや?何を仕入れたんや?どこにも資材も何も入ってませんやん?」
「さっちゃん、堪忍してや。マサオの会社知ってるやろ、あいつんとこ今ピンチやねん。助けたらなあかんのや」
そういうと社長は私の手を振り解いて部屋に逃げ込んだ。
「あっ、社長!」
ほんま、どうするつもりや?うちかて火の車やいうのにお人好しにも程があるわ。
中小企業の経理はほんま疲れるわ、もうすぐ税理士の先生来るのにどない説明するつもりやろ?あ〜あ、怒ったらお腹すいたわ。
机の引き出しからハンカチに包んだ弁当箱を引っ張り出すと、私は近くの公園に出かけてベンチに座った。
「ふ〜っ、毎日弁当作るのも大変やけど節約、節約」
「なんや、ため息ついて?また社長のグチかいな?」
後ろからヌッと髭面を突き出してやっさんが話しかけてきた。
「やっさんかいな?うら若い乙女はな、色々と悩みがあんのや、ほっといて」
やっさんはこの小さい公園の片隅にブルーシートでテント作って住んでるんや。警察にテントを撤去されへんのは色々事情があるんやけど、それはまた説明するわ。
「ほんでな、さっちゃん。お願いがあるんやけどな?」
「またかいな?今度はなんや?」
「あれや、会社の棚に白いのり置いてあったやろ?あれ一本だけでええから都合してくれへんかなぁ?」
急に猫撫で声出してもあかん。そやけどやっさんにはちょっとだけ借りがあってな…。
「しょうないな、1本だけやで。ほな、明日の昼休みにまたな」
そう言って私は古びた工場に向かって歩き出した。