ブラックソード・ストーリーⅡ Vol.1
●迷走の棺
太陽が沈みかけた水平線から再び月が登ろうとしていた。
気がついたのは大気が凍りつく僅か20分ほど前だった。
どうやってそこにたどり着いたのか覚えていない。
それどころか自分が何者でどこから来たのかさえわからなかった。
長い夢の中、自分以外の存在を感じていた。
その二つのかすかな光と自分自身はどこかで小さな糸で繋がれていた。
その糸が引きちぎられ、自分は螺旋の中から飛び出したのだ。
目を覚ました時、暗闇の中にいた。
何も見えない暗闇の中で右手を動かすと小さな突起に触れた。
硬くて金属質のその突起を探っていると、自分のいるその場所がわずかに震えたように感じた。
右手に僅かに力を込めた。
自分がいるその場所が身震いをするように大きく振動すると周囲から光が差し込んだ。その天井が大きく持ち上がり、強い日差しに目が眩んだ。
全身が軋むように痛んだ。
どうやってこの船に辿り着いたのか覚えていない。
満身創痍の体を引きずって神殿の裏側にある回廊を転げ落ちるように下った。
神殿で何が起こっているのか見る術はなかった。
「トレス・ユネス」
覚えているのはその言葉だけだった。
自分の体が一瞬砕け落ちるのを感じた。
体を動かそうにも自分の肉体は手応えのない霧のようだった。
周囲のもの全てが霧散し混じり合い渦を巻いていた。
必死でその渦に抗いながら渦の中心から逃れようともがいていた。
自分自身の中心に小さな核のような塊があった。
それがかろうじて自分自身の意識を繋ぎ止めていた。
その小さな船は神殿の奥深くにまるで墓石のように眠っていた。
人が乗り込めるようには出来ていない。
ただ、その小さな意志の粒子をその船に潜り込ませることは出来た。
そこに配置されていた人型のモノ。
冷たく動かないそれに自分自身の霧散したカケラを手繰り寄せ潜り込ませた。
やがて地上も地下も関係なく粒子となって巨大な渦を形造り始めた。
不思議なことにその船だけは形を崩すことなく渦の中心から逃れるように外側に向かって飛行を始めていた。
小さな星の間を船は飛び続け、やがてその一つに向かって近づきはじめた。
船はガタガタと振動をはじめ、摩擦で高音の火の玉のようになった。
幸いにも船体が降り立ったのは一面の砂の地面だった。砂煙を上げながら船は砂漠の表面を滑るように着地していた。
棺のようなその小さな船から外に出た時、灼熱の太陽は真上にあった。
焼けるような暑さを感じているのに、不思議と汗はかかない。
それでも、全身を覆っているこの硬い鎧のようなものを脱ぎ捨てたかった。
身体が重くて思うように動かせない。
鉛のような足を不器用に踏み出すが、足元の砂に膝下まで埋もれてほとんど前に進まない。
それでも5メートルほど進んだ時に振り返ると、乗ってきた船が少し斜めに前のめりになっているように感じた。自分が船から降りた時とは明らかに角度が変わっていた。しかも船から離れていっているはずなのに船の方が自分に近づいているように感じた。
次の一歩を踏み出そうとしたが足は砂に埋もれて動かせなくなっていた。
さっきまで膝下まで埋もれていたはずの足は太ももまでズッポリと砂の中に沈んでいた。
その時に初めて気がついた。
そう、体が少しづつ砂の中に沈んでいっているのだ。
1分もしないうちに腰まで品の中にめり込んでいた。
体を捩って抗おうとしたが、体はズブズブと沈むばかりでもう胸の辺りまで砂にめり込んでいた。
目の前で、乗ってきた船がほぼ垂直に砂の中に吸い込まれてゆくのが見えた。
その時には自分自身も首まで砂に埋もれていた。
やがて目の前は真っ暗な地中へと埋まり、やがて再び意識を失った。
●奈落の王国
灼熱の砂の中からひんやりとした石の感触を手のひらが捉えた。
目の前に仄暗い石の廊下が伸びていた。
ふらつく体を引き起こし、壁伝いに歩きはじめた。
回廊の奥から僅かに光が漏れていた。体を支えられずに壁に寄りかかるように座り込んでしまった。
再び薄れゆく意識の中で近づいてくる足音を聞いていた。
目の前にぼんやりと三人の人影が見えた。
二つの大きな黒い影と一つの小さな白い影。
「見つけましてございます」
黒い影の声に応えるように白い影が自分の顔に手を伸ばしてきた。
「見つけたわ。蛹ね。では運んでちょうだい」
白い影がいうと二つの黒い影は私の両脇を抱え起こした。私は再び闇の中に沈んでいった。
次に意識を取り戻した時、今度は私は明るい光に包まれて浮遊していた。
生ぬるい液体の中に文字通り浮遊していたのだった。
「ようやく安定してきたみたいね」
揺らぐ水の向こうに今度は二つの白い影が見えた。
「まだ危険でございます。安定しているとはいえ、蛹の中はまだ渦を巻いておりますゆえ。微かに意識の信号を発しているのは、分解される前によほど自己保存の本能が強かったからでございましょう」
「興味深いわね」
「今しばらく様子を観察させていただきます」
「では変化があれば報告を」
人影は遠のき、自分自身の意識も霧散するように形をなくしていた。
●ファーストメタモルフォーゼ
次に気がついた時、私は息苦しい液体の外に出ていた。
体の感覚はまだ鈍い。
腕を持ち上げた。
私の体は甲冑のようなものに覆われていた。首を少し持ち上げて体を見ようとした。
どうやら全身がその外殻に覆われているようだった。
微かな記憶。
意識だけが彷徨って見つけた人型の器。
その中に入り込んだ意識は、やがて混沌とした空虚な闇に覆われた。
「ユンヒ様。蛹が変化してございます」
「そうか、もう意識は存在するのか?」
「不安定ではありますが、認識はしているようです」
「強いエネルギーを持った『ヴェダミー』がもうすぐ手に入るのね」
水槽の中に浮かぶ「それ」は有機的な甲冑のような形をしていた。
最初は透明な被膜に覆われていて形もあやふやで弱々しかったが、その皮膜は次第に人の形へと変形し始め、今ははっきりと人型をしている。間接と思われる部分には節のように亀裂が入り、その指先が時々痙攣するように動いた。
まだ半透明な殻の中で明らかな生命が脈打っているようだった。
●樹海の森
まだ年端もいかぬ少年が湿ってぬかるんだ地面を踏みしめるように歩いていた。
周りの木々が不自然に焼き焦げていた。
山火事にしては範囲が狭い。
まるで何かが通ったようにそれは西の方に向かって真っ直ぐに森を焦がしていた。
怪我した鹿が片足を引き摺りながら水辺で水を飲んでいる。
少年は音を立てずに姿勢を屈めて獲物へと近づいていった。
茂みに身を潜め、じっとチャンスを伺う。
ゆっくりと背中に右手を伸ばし矢を掴むと静かに弓にあてがった。
右手を肩から引き剥がすように真っ直ぐに絞る。
弓が耐えかねるようにぎしりと小さな音を立てた。
その鹿が水辺から口を持ち上げて少年のいる茂みを見ようとする瞬間を見逃さなかった。
空気を切り裂いて矢は真っ直ぐに鹿の眉間に向かって飛んだ。
カツンと骨に当たる音がして鹿は一瞬跳ね上がると、どすんと地上に倒れ込み動かなくなった。
少年はささっと鹿に近づき、首筋にナイフを立てて血を抜き始めた。周囲に鉄錆のようにすえた臭いが広がる。
手早く皮を剥き始めるとナイフ一本で器用に獲物を解体し始めた。
持ってきた籠に素早く必要な内臓や腿の肉を詰めてゆく。
彼が籠を持って立ち上がり、その鹿がいた水辺で体についた獲物の血を洗い落としていると、左手の茂みの奥からパキパキと枝野折れるような音が響いてきた。
少年は木の茂みに身を隠し音のする方を伺った。
少年の優に三倍はある獣が姿を現した。
肉食獣特有の発達した犬歯。
幸運だったのは群をなす種ではなかったことだ。
血の匂いを嗅ぎつけて、まだ解体し切れていない鹿の骨に貪りついていた。
少年が後退りしながらその獣から距離を取ろうとした時、誤って落ちている木の枝を踏んでしまった。
パキッと小さな音がしたのを獣は聞き逃さなかった。
低く唸りながら少年のいる茂みに近寄ってくる。
茂みの中から恐る恐る獣を覗き込む。
目が合ってしまった。
「しまった!」と思った瞬間にその獣は少年に向かって飛びかかっていた。瞬間的に少年は後ろに跳び下がった。
足元にあるはずの地面の感触がなかった。
「うわっ!」少年が叫ぶと同時に身体は宙を舞った。後方の地面に巨大な穴が口を開けていた。
けものは目の前にいたはずの獲物を見失って、勢い余って穴を飛び越え、太い木の幹に頭を思い切る打ち付けると、ギャッと叫ぶと森の中に消えていった。
硬い石のようなものがその穴の中心にあった。
少年は泥だらけになりながらその石に手をかけて立ち上がった。
その石は熱を持っていた。
良く見るとその穴の周辺が黒く焼けこげていた。
まだ所々から小さな煙が出ている。
少年は穴の壁をよじ登ると声にならない声をあげながら村に向かって走り始めた。
●思念の都市
王宮とはいえ、高価な調度品などどこにも見当たらない。
彼女は二人の従者とともに王宮の中心にある静寂の間に向かって歩いていた。
宮殿の中央部は巨大な丸い空間になっており、その中央に一回り小さな球体が座していた。小さなと言ってもその直径は30mに及んだ。
球体には窓も入り口もなく微かに光を発しているようにも見えた。
ユンヒはその外壁に右手で触れると小さく呟いた。
「入るわよ」
すると壁の中央に小さな穴が開き、その穴は大きくなって人が一人通れるほどの大きさになった。
その部屋の中には中央に隔離された球体があった。
球体の表面は半透明でその中に横たわっている人影が見えた。
「今日はどう?」
「ああ、相変わらずひどい気分だ。君はまだ動けているようだね」
「ええ、あなたのおかげよ。私たちに残されている力は一つの肉体を動かすだけしか残っていない。
「もう少しよ。私たちのムハビルがもう少しで目を覚ますわ」
「ああ、随分待ったよ。数万年の時を経てようやく手に入る」
「この世界のねじれがようやく解消される。我らの同胞も長い眠りから解放される時は近づいているわ」
「君だけに任せてすまない。もう疲れた、少し眠るよ」
球体の中の影は動かなくなり、ユンヒと呼ばれた彼女はドームの外へと出た。
●神の村
巨大な穴の中心に向かって男たちが降りてゆく。穴の上では数人の男たちが渾身の力を込めて縄を引っ張っていた。
縄の先に黒い塊が縛り付けられている。
塊の大きさは大人が一人すっぽり入れるほどの大きさで、表面は滑らかで少し光沢があった。
男たちは気を組み、そこにその石を縛り付けると歩き出した。
小さな小川を越え、尾根伝いに森を抜けると少し開けた草むらの向こうに集落が見えた。建物の下は石が組まれており、その内側に細い竹で編んだような外壁があった。
一際大きな建物の中から若い女性に肩を支えられながら年老いた老人が姿を現した。白く晒した麻布を身に纏い、集落の中央の広場に立った。
男たちは肩に担ぎ上げた石の塊を広場の中央にゆっくりと下ろした。
「シントーメ。こちらに運びましてございます」
男たちの中でも屈強そうに見える黒髭の男が「シントーメ」と呼ばれた老人の前に進み出た。
老人は杖をつきながら石の前に進み出て、しゃがみ込むと石の表面を撫でた。
「うーむ」
おい、アケスや、そこの松明をここに持って来てくれぬか?」
男たちの中ら進みでたのは、この石を穴の中で見つけた少年だった。
少年は広場の周りに立てられていた松明の一つに手を伸ばし手に取ると、老人に渡した。
老人は松明の火で石の表面を撫でるように炙った。
小さな声で呪詛を唱えはじめた。
黒い石に中央にかすかに光が点ったように感じた。
最初は松明の火が映り込んでいるようにも見えたが、その光は脈打つように少しずつ強くなっていった。
「うむ。マブーに間違いなかろう。ゲラスや、このマブーをアイロスの泉の沈めておいてくれぬか?」
「シントーメ、わかりました。おい、皆行くぞ」
先に進み出た巨漢の鋼のような肉体を持ったヒゲの男が先頭に立ち、その黒い石を運びはじめた。
集落の離れの岩肌にぽっかりと穴があいていた。大きな男たちがかろうじて入れる大きさの穴の中は湿った空気で満たされ、壁面は少し熱を持っていた。
穴の奥に行くと熱量は上がり蒸し風呂のように蒸気で満たされていた。
その一番奥にその黒い石がすっぽり入る程の泉が湧き出ていた。いや、泉ではなく温泉のようであった。生ぬるい湯が地の底から湧き上がっているのだ。
男たちは黒い石をその泉の中にそっと滑り込ませた。
●整える者
「ヒュンテよ。フォーダとの戦いがこの世界の秩序を乱して幾億もの歳月が流れました」
美しい女性の姿をしたその人物は、再びクーラの中の人影に話しかけていた。
「やあ、ユンヒ。私たちの宙が老衰し崩壊に向かっているのは必然かもしれないよ。我々が何度壊し組み直してももう新たな命を吹き込むことは無理なのかもしれない。宙と繋がっている私たちが自分たちの姿を保つことさえ困難になっているのだから」
「いいえ、私はあなたを失うわけにはいかない。あなたの命を繋ぐことができるのなら何度でもトレス・ユネスを繰り返すわ。あなたは私の双子の弟。いえ、双子以上の存在。私たちは完全に同化しているのだから」
「ユンヒよ。私が滅びればお前も消滅する。フォーダも私たちとよく似た存在なのかも知れない。あれはある日突然私たちの宙に現れ、私たちの宙を侵食しはじめた。彼らが私たちの宙を完全に覆い尽くす前に、私たちは宙そのものを作り替えて彼らの侵食から守った。しかし、何度作り替えようとフォーダは再び現れる」
「ヒュンテよ。危機は大きくなって来ているの。私たちが作り上げたタヒート(閉鎖宇宙)と同じものが次元の重なりの中で成長を始めているようなの。フォーダが作ったものに違いないわ」
「ユンヒ、気をつけるんだ。世界の歪みが大きくなっている。彼らの世界との境界線が曖昧になりつつある」
彼がそこまで話した時、王宮が静かに振動を始めた。その揺れは少しづつ大きくなり、ユンヒは立ってられなくなり床にひざまづいた。
●生贄
ユンヒが天井に手をかざすと、球体の天井部分に映像が映し出された。
王宮の外側の空間の青い空の一部に黒い穴のようなものが生まれると、次第に大きく広がり始めた。
「千度のトレス・ユネスを経てアゴイネスとルーラの種は地上に落ちた。再びこの宙に混沌が訪れようとしている。あやつらに鍵を渡してはならぬ。シャルマークを守りアゴイネスの復活を阻止するのじゃ」
シントーメと呼ばれる老人は集落の者たちの前で、空にできた裂け目を指差しならら言った。アケスたちは恐怖と始まるであろう戦いに身慄いしながらその言葉を聞いていた。
透き通った肌をしていた。
肌が白いだけでなく髪の毛は銀髪で、さらによく見ると髪の毛には色素がなく透明にように思えた。
「アダリよ、わかっているわね」
アダリと呼ばれた白い肌の女性は震えているように見えた。
「お前たちの体は私たちによく似ている。だからヒュンテにはお前たちが必要なのです。お前たちは我らが始祖アゴイネスが再びこの宙を支配し繁栄をもたらすための礎となるのです。さあ、前に進み出なさい」
アダリは纏った白い衣服を脱ぎ捨てヒュンテが横たわる球体の中へと入っていった。
「君が今日のターシャなのですね。美しい」
服を脱いだアダリの肌はやや透き通っていてアラバスターの石像のように見えた。
「さあ、こっちへ来なさい」
アダリがヒュンテの入ったカプセルに近づくと、カプセルの蓋がゆっくりと上がりヒュンての姿が露わになった。
それはもはや人の姿をしていなかった。
カプセルの液体の中で人型にも見えるアメーバー状の生き物が浮かんでいた。
アダリの目に明らかな恐怖が浮かんだ。
「怖がることはない。すぐに至福の快感がお前を待っている」
カプセルの中から触手のようなものが伸び、アダリの腕に巻き付いた。
「ひゃっ!」
声にならない声を彼女が出した時には、そのアメーバー状の生き物はアダリの全身に巻きつきカプセルの中へと引き摺り込んでいた。
カプセルの中に赤い血が溢れ、その血液をもその生き物は吸い取り、やがてアダリの体は溶けるようにしてその生物に吸い込まれていった。
やがてアメーバー状だった生き物は人型に戻り、前よりもしっかりとした形を整えた。
上半身を起こしたその人物はユンヒに似ていた。
「ありがとう。少しは生き延びることができたよユンヒ」
「私たちの体から作り出した彼女たちターシャが唯一私たちを生きながらえさせているのよ。でもそれには限界があるわ。私たち種族としての寿命は尽きかけている。早く鍵を手に入れアゴイネスを復活させなくてはならない」
「そうだ、鍵を手に入れねばならない」
ヒュンテはカプセルの中から立ち上がり、服を羽織るとそれと入れ替わりにユンヒは服を脱いでカプセルの中へと体を沈めた。
すると、ユンヒの体は溶けるようにアメーバー状になってカプセルの中を漂い始めたのだった。
●異変
マブーをアイロスの泉に沈めてからひと月が過ぎようとしていた。
その間にも空にできた裂け目は大きくなり、それとともに森の中では不思議な現象が起こり始めていた。
村の家畜が夜中に他の獣に襲われ内臓をごっそり食べられていたり、川の水が白く濁り川魚が死んで浮かび上がったり。ある村人は崖の上で見たこともない巨大な獣を見たと騒いでいた。
「アケス少年はその日シントーメの家で焚き火にあたりながら話をしていた。
「ねえシン爺、最近何だかおかしなことばかり起こるよね」
隣で筋肉質の肌黒い大きな男が肉のこびりついた骨をかじっている。
「こら、アケス。シントーメ様をシン爺と呼ぶのをやめんか!このお方は我が部族の神官に在らせられるぞ」
「まあ、良いではないかゲラス。お前の息子を名付けたのはこのワシじゃ。生まれた時から良く知っておる。今さら堅苦しくなることもなかろう」
納得いかぬようにゲラスは隣にいる少年の頭を軽く小突いた。
「それよりもシントーメ様。こいつの言う通り、最近確かに妙なことが続きまする。そして、それはあのマブーを運び込んでからのように思いますが、何か関係があるのでしょうか?」
シントーメは思慮深い瞳を空に向けて言った。
「あの裂け目とも関係があるじゃろうな。あれが出現したのはまさしくマブーがこの地に降り立った日からじゃ」
アケス少年は焚き火の中に放り込んでおいた肉の塊を熱そうに手の中で転がしていた。
「それよりさ、そのマブーって一体何なのさ?」
程よく焼けた肉の端っこにかぶりつきながら少年は人懐っこい目でシントーメを見上げながら言った。
「そうさな、お前にもわかりやすく言うならば「蛹」じゃろうな」
「蛹?ってあの虫が形を変える前のやつ?あの中から虫が生まれるのかい?」
「いや、虫かどうかはわしにもわからん。ただ、言い伝えではあのマブーから生まれるものはこの世界を変える力があると言われておる。今起こっておる異変は大きな変化の前触れかも知れぬな」
シントーメが言い終わる頃にはアケスは父であるゲラスに寄りかかるように寝息を立て始めていた。
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