自己肯定感が低い夫がいちばん欲しかったもの
わたしの夫=なべちゃん。33歳。
脂が乗ってきた年頃。
爽やかさが取り柄だったなべちゃんも、近頃は加齢臭を気にして、ふわっと香る練り香水をつけるようになった。
そんななべちゃんは、自己肯定感が低い。
基本的に穏やかだし、人にすごく優しい。
だけど時々、ものすごく斜めから斬り込むことがあり、ひねくれ者のリトルなべちゃんがひょっこり顔を出す。
今でこそ、仕事の話になるとアツくなり、こちらが鬱陶しいなと思うくらい語るようになったけれど
交際し始めたばかりの頃は、自分の話をするのは得意じゃなく、いつも自身なさげにしていた。
何を考えているのか分からず、もっと自信持って!と言ったこともあるけど
どう自信を持てばいいの?と返された。
そりゃそうだな。持っていない人に、持てよと言われてもどうすることもできないな。
11年一緒にいていろんな話を2人でしてきたわけだけど、その中で感じたのは、なべちゃんは圧倒的に"褒められた体験"が少ないんだなということ。
これは自己肯定感系の話になるとよく聞く話。
でもほんとにまさにそれで、自己肯定感系の話の中で、これに当てはまる人は〜系の項目にもバッチリ当てはまる。
それに気付いてから、なべちゃんのことを褒めちぎる、という任務を自分に課した。
日曜大工で作ってくれた家具がガタついていても、なべちゃん天才だな!売れるよ!ありがとう!
皿洗いした後の床がびちょびちょでも、ちょうど床の拭き掃除しようと思ってたんだ!なべちゃんいてくれると助かる!
つまらないギャグを言われても、……それはさすがにつまらないよ、と一蹴するけど
とにかく否定しない、ということを意識していた。
その結果が今のなべちゃん。
仕事にも自分の信念にも誇りを持っている。
だけど、根強い。わたしのそんなミッションではまるで歯が立たない根強いものが邪魔していた。
それはなべちゃんの生い立ちにあった。
わたしはなべちゃんの家族が大好き。ということは前提。
なんだけど、話を聞く中で、またはなべちゃんの家族と接する中で、気付いたのは、なべちゃんのことを褒める人がぜんぜんいないということ。
ものすごーく遠回しに褒めることはあっても、褒め切らない。
すごいね!頑張ってるね!
なんて言葉は少なくともわたしは聞いたことがない。
なべちゃんが何か仕事で達成したという報告をしても、へ〜でもさ、それって○○でしょ、といったノリ。
きっと照れているのだと思う。
長男だし、なんというか、日本人的な要素強めなので、謙遜しがちなところはある。それは感じる。
いやいやうちの子なんてぜんぜんダメよ〜!的なやつ。
だけどなべちゃんはそれによって、何をしたところで、自分が誰かに認めてもらえることはない、と思うようになってしまったんだと思う。
なべちゃんの家族ごめんなさい大好きですよ。それだけは絶対。disりじゃないです。
それ以外のところは、ほんとに子育ての仕方を見習いたいなと思っているくらいです。ほんとに。
なべちゃんがいちばん欲しかったのは、誰より自分を理解してくれているはずの、誰より身近な存在の「すごいね!」のたった一言だったのだと思う。
わたしがどれだけ伝えても変わらない、その存在の大きさ、なんて計り知れないんだと思う。
そんな姿を見て、息子を見て、やっぱり思うことはある。
認めてあげよう。誰よりも、どんな時も、絶対的な味方でいてあげよう。
そしてそれを必ず、きちんと伝わるように伝えよう。
なべちゃんには、自分が欲しかったものを、今度は息子に与えてあげられるようになってもらおう。
それができたら、きっとなべちゃんももっと自分が好きになるはず。
わたしの愛する男子2人には、自分のことをきちんと愛せる人でいてほしい。
だからわたしもたくさんたくさん、2人のことを愛す。
それが、わたしがあげられるもの。
最近、会社をあげての大きなプロジェクトを立ち上げたなべちゃんを見て、そんなことを思った。
おつかれ、なべちゃん!本当によく頑張った。アンタはすごい!