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大切な思いが蘇るマグリット展 at シドニー州立美術館
先日、シドニー州立美術館で開催されているマグリット展に行ってきました。マグリットは、今でもアートだけでなくデザインの世界にも大きな影響を与えている画家です。しかし、彼の作品には一見して理解するのが難しいものも多く、鑑賞するたびに新しい発見があります。
シドニー州立美術館では、ボランティアの日本人ガイドツアーが行われており、今回はそのツアーに参加しました。以前、オーストラリア人ガイドの日に参加した際は、絵そのものの美しさだけでなく、画家の日常や作品に隠された意味についても知ることができ、非常に印象深い時間を過ごしました。その経験がとても良かったので、今回は日本人ガイドによるツアーでどんな視点が得られるのか楽しみにしていました。
【ルネ・マグリット(René Magritte)】
最初にルネ・マグリット(René Magritte)のご紹介をします;
マグリットは、20世紀のベルギー出身シュルレアリスム(超現実主義)の画家で、日常的な物や風景を独特な感性で描いています。代表作品には「恋人たち (Les Amants)」「光の帝国 (L’Empire des Lumières)」「大家族 (La Grande Famille)」「リスニングルーム(The Listening Room)」などがあります。この「リスニングルーム」の部屋いっぱいに描かれてグリーンアップルは、ビートルズのアップルレコード社やApple社のロゴに影響を及ぼしたと言われています。
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【日常に潜む非現実:マグリットが問いかけるもの】
彼の作品には「何を問いかけ、何を私たちに感じてほしいと思っているのだろう」と考えずにはいられません。何気ない日常的なものが写実的なスタイルで描かれている一方、非現実的な要素が加わり、神秘的な雰囲気が漂っています。まるで現実と幻想の世界が一緒になっているような…。
彼の作品には独自の哲学思想があり、逆に遊び心をもった少年のような視点で物事を見ているようにも私は感じてしまいますこの対比が、見る者に新鮮な驚きと発見を与えてくれるのかもしれません。
展示の中には、アメリカのヒューストン美術館が所蔵する「The Kiss (Le baiser)」もありました。この作品は、大きな鳩の身体が青空と雲で描かれています。普段、空を飛び回る鳩が、まるで空そのものになったような描写です。マグリットは同じモチーフでいくつもの作品を残していますが、特に「大家族」という作品は、私の故郷である宇都宮美術館が所蔵しています。
【アートが紡ぐ懐かしさ:マグリット展で感じたこと】
「The Kiss (Le baiser)」を目にした瞬間、なんとも言えない懐かしさが胸に広がりました。それは、母と一緒にこの絵を見ていたからでしょうか。
実は、私にとって美術館は、母と二人だけで過ごせた特別な場所でもあります。看護師として忙しく働いていた母と、限られた時間を共有できる貴重なひとときでした。幼い頃、母と一緒に自転車に乗って美術館を訪れた日の光景が、ふと脳裏をよぎりました。
今回のマグリット展を訪れたことで、まさか母との思い出が蘇るなんて、思いも寄らない心のギフトを受け取ったように感じました。生前、母とはあまり仲が良いとは言えなかった私ですが、このとき思い出されたのは、忘れていた数少ない母との楽しい思い出!それを思い返すと、自然と笑みがこぼれてきました。
【ライフスタイリストの原点:マグリットの絵が語りかけたこと】
ライフスタイリストとして、この経験は私にとって非常に意味のあるものでした。それは、私がこの仕事を始めるきっかけの一つと深く繋がっているからです。
人はとても辛く苦しい時期に、自分の感情を無意識に抑えてしまうことがあります。ネガティブな感情を閉じ込めることで、楽しかったことや嬉しかったこと、心を動かされる感動までも一緒に抑え込んでしまう…
私自身、そうでした。いつの間にか自分の記憶や楽しい思い出にアクセスできなくなり、感動していた自分がいたことはわかっているのに、目の前で起こる出来事に心が揺さぶられなくなっていたんです。そんな自分を、冷静に、どこか他人事のように眺めているもう一人の自分がいる感覚でした。
だからこそ、今回マグリットの絵が母との思い出を私のもとに連れてきてくれたことは、本当に嬉しい出来事でした。閉じ込められていた感情の扉が、そっと開いたように感じたのです。
それぞれの人にとって、絵を通じて心に触れる思い出があるのではないでしょうか。皆さまも、絵を眺める中で、思いがけない記憶が蘇る瞬間が訪れるかもしれません。
もしそんな瞬間に出会ったら、その思い出をぜひじっくりと味わってみてください。その記憶が心をあたため、自然と笑顔がこぼれるはずです。自分が幸せだった瞬間を思い出し、その感覚をしっかりと感じることで、新たな幸せの瞬間がまた訪れることでしょう。