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HELLO WORLD ~自己紹介~

自己紹介

R太郎です。
今回は
①LIFE sproutsプロジェクト始動の理由
②そもそもあんただれ?
についてお伝えしていきたいと思います。

LIFE sproutsプロジェクト始動の理由

結論・・・「後悔のない人生」にするため。
突然ですが皆さんは自分が亡くなる時を考えたことはありますか?
後ほど詳しくお話しますが、私の原動力はそこにあります。

運良く寿命で亡くなるとしましょう。
どのようにこの世を去りたいか?

私は
「この世に生まれてよかったぁ~。オレ、やりきったよ~。」
世界中から「ありがとう!」という声がたくさん聞こえる
バタッ・・・ あの世に旅立つ。

これが理想です。 嘘偽りなく本気で思っています。

ポイントは
・自分だけ良ければいいというわけではないこと。
・「ありがとう」といってくれる理由がプラス(ポジティブ)な内容であること。
・人生で関わった色々な方に思ってもらうこと。
これらによって最高な自己満足を感じられると思っています。

私がこのようなことを心から思うようになったきっかけと、これまでの人生について簡単に自己紹介という形でお伝えしようと思います。

そもそもあんただれ?

名前:R太郎
年齢:31歳(2023年時)
家族:妻
職業:小売系の東証プライム企業に勤めて8年目
   今は人材育成がメイン
出身:北海道
学歴:田舎の文系大学(しかも浪人)
座右の銘:永笑楽生
尊敬する人:孫さん

と、いたって普通で特に誇れることは何もない普通の人です。
経歴書くだけですげぇとなる人になってみたいな~って思う側です。

普通ではないことがあるとすれば
今、2度目の人生を生きているということです。

1度目の死

高校2年の時に私は死にました(と思っています)。
それまでの私の人生は至って幸せでした。
幸せや不幸を感じないことが一番の幸せだといいますが
まさにそれです。
クレヨンしんちゃんのような家庭で、贅沢ではないですが
親戚含めた家族と楽しく過ごす日々だったと思います。

ある日を境に家族が破綻しました。
両親が離婚し、住む家がなくなり、お金がなくなり、
祖父母が次々に亡くなりました。 頼れる人がいなくなりました。
暖かい場所が一切なくなりました。

思春期真っ盛りの自身にとっては、インパクトの大きい出来事でした。
何のために生きているか分からなくなりました。
学校以外の時間で、笑いあう人がいないってこんなに空しいものなのかと。
気力が一気になくなり、いまさらグレる気も起きず、人生辞めようかなと
本気で考えました。

人生のターニングポイント

ここで1つのターニングポイントとなる出来事が起きました。
このテレビ放送です。

つけっぱなしのテレビに孫さんが若者向けてメッセージを語る特集が流れました。
今でも覚えています。私はこの放送の釘付けになりました。

特に孫さんが
「自分のもった夢に、自分の人生はおおむね比例する結果を生む」
と語ったところです。

雷が走りました。
そして、頭の中に1つのグラフがでてきました。
今の私は間違えなく0(原点)にいる。これ以上の無くなるものはない。
夢の大きさに比例するなら、上しかないじゃん。
このまま人生を捨てるのはもったいない。
せっかく生きるのであれば、とんでもなくでかい夢を持とう。
言葉では表現できないくらいの衝撃を受けるとともに
ある2つの決意をしました。

1つ目は、冒頭の死に際のイメージを実現することです。
具体的にこれをやりたいっていうものはないけど、
自分の行動によって、一人でも多くの人が喜ぶきっかけになれば
いいな、と。

2つ目は、孫さんのようになることです。
孫さんのもとで働くのではなく、孫さんと対等にビジネスができるくらいの人物になろう、と。

2度目の人生のはじまりと継続する絶望

ここから2度目の人生が始まりました。
まずは、孫さんの生き方を参考にすることからはじめました。
図書室で孫さんの人生が書かれた本を借り、むさぼるように読みました。

そして分かったことは、学生時代は「勉強」だということ。

しかし、人生は思うようにいきません。
全く学力が追いつかず現役でうけた大学は全て落ちました。
2回目の絶望です。
お金がないので、私立という選択肢はなく、志望していた大学を諦め、ランクを落としたにも関わらず不合格。
スタートラインにもたてない自分への苛立ち、情けなさ、そして絶望しかありませんでした。

ただ、奇跡も起こりました。
私の状況を知った親戚でも何でもない知り合いの方が、百万円単位の浪人費用を貸してくれるというのです。
ただし、志望校に合格することが絶対条件でした。

それを約束し、代ゼミの寮に入り、勉強しました。

結果は、国公立前期、後期不合格。 
ほんとに、終わったよ・・・。なんて自分はクソなんだろ。
こんなにチャンスをもらったのに、いかせねぇのかよ、と。
応援してくれた人に合わせる顔がないよ、と。
3回目の絶望です。

GOOD BYE 我がプライド

ただ、中期で受験していた大学は合格していました。
お世辞でも、学力だけみれば、孫さんと同レベルを目指しています!なんていうことは難しい大学でした。
もちろん2浪という選択肢はなく、そこに進学することにしました。

私はここであることに気づきました。
世の中の基準(特に学力)で自分を比較すると普通以下だ。
もう人と比べて生きるのは辞めよう、勝てない、と。

そして、自分の得意なことは何だろう?
人を喜ばすこと、斬新なアイディアを考えることかな。
まぁとにかく泥臭くやるしかない。
そっち方面じゃないと夢には届かない、と。

大学の進学と同時に一切のプライドを捨てました。

この続きは、また次回。
ありがとうございました。

なんとなく私のことを知ってくれて気になる方はXのフォローを
宜しくお願いします。

R太郎


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