見出し画像

短編小説『にゅうめん、食べり。』

『食べり。』
博多の方言で『どうぞ、食べて。』

「森山あかり、結婚しよう。」
有里は決まり文句の第一声で家に入ってくる。

有里は定期的にホームパーティを開いている。参加者はお酒に強い女性限定。海外出張中に仕入れた調味料やお酒をふるまい、SNSを賑わせている。

「有里、ホストおつかれさま。」
あかりの声に軽く手を挙げながらズカズカと上がり込んで、有里はドカッとソファに倒れ込んだ。

「コープクンカー。」
「今日はタイ料理だったんだ。」
「そう、私はほとんど食べてないけど。」
有里は料理が得意なのに、自分では食べない。ホームパーティー以外は外食というスタイルで暮らしている。

「パーティーの後、何か食べてきたの?」
「ひとり焼肉最強。」
早朝6時まで営業している焼肉店は有里の隠れ家。希少部位も充実して、おひとり様用のハーフサイズもある。

「牛タン食べ比べセット食べた。上質なサシの入ったお肉をさっと炙って最高だった。肉寿司も食べた。わさび醬油の相性たまらん。」
「いいなぁ。」
「私と結婚するなら連れて行く。」
「ひとりだから美味しいんだって。ひとり焼肉最強説。」
あかりは有里に冷たいお茶を出す。重めのグラスにたっぷりと注いでテーブルにゆっくりと置いた。有里は乾いた喉を潤した。

あかりはキッチンに移動して、茗荷を刻む。

「大勢の人といると、ひとりになりたくなる。でもひとりを満喫すると、さみしい気もする。けど、本当はさみしくもない。」有里のお決まりのセリフ。「うん、何も問題ない。」あかりのお決まりのセリフ。

「違う、不安になるんだよ、急に。不安に押しつぶされそうで怖くなって、人と関わり続けようと思って、ホームパーティーでコミュニティ作って。でも結婚するとみんな去って行く。」
「お金と時間に余裕が必要だからね。」
「でも私もそんなに余裕があるわけじゃないんだよ。正直その辺は探り合い。」

あかりは、お湯が沸いた鍋でそうめんを湯がく。

「おひとりさま不安説、どう思う?」
有里はキッチンにいるあかりにしっかりと顔を向けて訊いている。

「みんな不安だよ。1人でも2人でも、子どもがいてもいなくても、不安ってベースにあるんじゃない?」
「え、一生不安じゃん。」
「つまり、そういうことだね。」

不安は、きっとなくならない。不安がないと創り出してしまうことすらある。

湯がいたそうめんを流水ですすぐ。白出しを入れた鍋に味噌を溶き、みょうがを刻んで入れ、少し沸騰させて煮え花が出るタイミングで火を止めた。

「有里、にゅうめん、食べり。」

「あったまるとさ、ほっとするよね。」
有里は、目を閉じて味わっている。

「迷ったら、あったかい方を選ぶといいよ。あったかい場所、人、食べ物、言葉。」
「にゅうめん、あったかい。」

「あったかいお風呂沸いてるから。入ってから帰ったらいい。」

揺らぐ気持ちを持ち合わせている人の方が、人にやさしくなれる。誰にも何も押し付けず、悩みながら迷いながら生きて行くことだって、立派で尊い。

おはようの君も、これからおやすみのあなたも、ちょっといいことがありますように。

いいなと思ったら応援しよう!

こゆき(koyuki)
いつも温かいサポートありがとうございます。大切な時間をくださって、すごくうれしいです。これからも心を込めて書いていきます。