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短編小説『僕のまちがい探し』
僕の言っていることは間違っていない。経理部から経費を差し戻されたことも、定例会議で僕の成果が上司の功績にすり替えられていたことも、理不尽極まりない。
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「おかえり、おつかれ。遅かったね。」
「あ、うん。」
「美雪お腹空いたんだけど。」
「あ、おお。」
美雪は夜風が入り込む階段に座って肩を震わせていた。部屋に入るなり、美雪はワンピースを脱いだ。
「今日は、先にするでしょ?」
僕がぼんやりしていると、美雪はじれったそうに唇を噛んだ。
美雪の唇も肩も胸も、氷のように冷たかった。さっきまでの憤りが美雪の冷たさに吸収され、重なり合った瞬間の溶け合う感覚に全てが放たれた。
「今日も、猫探してきた。いなかった。」
美雪は僕に背を向けたまま話を続ける。
「ねぇ、聞いてる?えっと、名前」
「瀬戸」
「ああ、瀬戸さん。公園にいた猫、追いかけたらどっか行っちゃって。連れて帰りたいのに、逃げちゃったの。どうしよう。」
僕は面倒くさいと思った。何だこの女は。この女は誰なんだ。偶然階段で見つけたとはいえ、面倒なものを拾ってしまった。お互い欲情に負けたんだ、僕は間違ってない。
目覚めると美雪はいなくなっていた。正直ほっとした。
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今月の営業成績も2位止まりの順調だ。1位はキープしないと褒められなくなる。必死に毎月努力するより、たまに圧倒的1位になるほうがインパクトがあるし、やる気のない社員たちから嫉妬で引きずり降ろされることもない。社内評価は要領の良さでコントロールするのが正解だ。
恋人の夏菜がこっちを見ている。営業アシスタントとして優秀なだけでなく、豊かな肉体をしている。夏菜は僕より2歳年上で、僕が入社した時からサポートしてくれていた。最下位からはじまった営業成績が上がるたび、自分ごとのように喜んでくれた。
「今日、来るでしょ?」
「あ、うん。」
「了解、ご飯作って待ってるね。」
ボディラインが強調されるワンピースにベージュのロングコートが良く似合っている。
美雪はどうしているだろう、と頭をよぎった。
雪が積もり始める頃、夏菜のマンションを出た。今日は調子が悪かった。夏菜がキッチンに立つ姿を見ても、ワインを飲んでも、そういう気分になれなかった。アンチョビパスタの香りが部屋に充満していたせいに違いない。コンビニに寄ってカップラーメンを買った。
階段には美雪が座っていた。
「遅かったね。寒すぎたんだけど。」
「あ、うん。」
僕は足早に部屋に行き、美雪を招き入れた。僕を待つ美雪を愛おしく思った。
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「明日はもっと雪積もるって。あのね、」
最後まで聞く余裕はなかった。僕は言い訳をする間もなく美雪の華奢な肩を抱きしめた。美雪の息遣いが変わる。短く途切れ、時々止まりながら唇から漏れる声と余裕をなくす表情。打ち震える美雪の反応に僕はみっともないくらい興奮した。
「おなかすいたぁ。」
「カップラーメン食べる?」
「食べない。ご飯作る。」
美雪はパックご飯を取り出してレンジで温め、ウォーターサーバーのお湯とお茶漬け海苔を入れ、音を立ててすすった。
「瀬戸さんも、食べる?」
「あ、うん。」
「じゃあコレあげる、私カップラーメン食べよっと。」
なんて勝手な女だ。信じられない。夏菜なら冷蔵庫から作り置きの肉じゃがを取り出し、あったかいおにぎりと味噌汁が言わなくても出てくる。
「猫、見つかったの?」
「いない。明日、寒くて死んじゃったらどうしよう。」
「これ、鍵。階段で待ってるの寒いでしょ。」
僕は合鍵を美雪に渡した。
月末になるとノルマ達成ができていない社員の分までフォローする羽目になる。ちょうど決まりそうな案件が1つあるが来月の成績にしたかった僕は、それを無視した。
「明日早いから。」
僕は夏菜の目を見ることもなく退社した。こんな日もあっていい。僕は自由だ。
雪がひどくなる中、美雪は階段に座っていた。
「せっかく鍵渡したのに何やってんの。」
「あのね、いた。」
美雪が立ち上がると子猫が見えた。僕は残念だった。猫なんてずっと見つからなければ良いと思っていた。
「美雪、帰って。」
僕は猫が嫌いだった。美雪が猫を抱いている姿に失望した。
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夏菜がビーフストロガノフを作っている。美味しさはよくわからないけど、僕のために頑張っている事実に満足する。
パワハラ上司を追放したことで僕は昇進した。社員の士気も営業成績も上がり、会長の娘、夏菜との結婚が認められた。全て僕の狙い通りだ。
「美雪がお腹空いてる、ご飯をあげて。」
夏菜が振り返りながら僕に言う。
僕は美雪を失ってなんかいない。
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