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沈黙は容認、沈黙は共犯

森喜朗氏の発言の時も、米国で深刻化するAsian Hateについても、「もちろん」ミャンマー問題に対しても、日本の大企業の多くは沈黙します。
そしてメディアが意見表明を迫ればしぶしぶ答えます。それもかなり控えめに。
だから私は、森発言の際のトヨタの勇気に喝采を送りました。

自分でも経験がありますが、大企業は政治的発言をしないという、ある種の不文律が存在するのだと思います。
先日巨大企業トップだった方と話していて、何かを言おうとすると広報が止めに来るんだよねという話を聞きました。
 
一方、最近開かれたある会議において、満座の聴衆を前に、セガサミーグループの里見治紀社長がAsian Hateに声を上げるつもりと表明し、大きな拍手を受けました。そして、ほどなくセガサミーグループからは、「米国にて発生しているアジア系の人々に対するヘイトクライムについて」というリリースが発信されました。

時代は急速に変わりつつあります。
米国のトップ企業ですら株主資本主義オンリーからマルチステークホルダーに舵を切った現在、このような社会的問題に対しても、従業員がトップを突き上げるというエピソードを多く聞くようになりました。
 
日本はどうなのか?
相変わらず政治的な発言をタブー視する、ナイーブな経営を続けていて大丈夫なのでしょうか。
早くから従業員や顧客、取引先、コミュニティをステークホルダーとして尊重してきた(はずの)日本の大企業は、世界のこのトレンドをリードできたはずなのに、再び後れを取りつつあります。
本当に勿体ない。
 
サラリーマン社長は、オーナーと違って、リーダー個人としての見解を表明しにくいのか?
必ずしもそうではないはずです。
サラリーマン社長といえども、M&Aであれ、事業戦略の転換であれ、自身のリーダーシップによって決断をし、会社を代表して表明しているわけです。
政治的な発言もその範疇に入ります。
要は、日本の企業風土の問題です。
でなければ、大企業の政治とのなれ合い、忖度が疑われてしまいます。
 
日本の大企業も、そのトップも、政治や社会問題に対して、企業としての姿勢を明確に示すトレーニングをするべき時代に入ったと思います。
社会的責任指向のブランディングは、無難に逃げて傷を負わないコミュニケーションの延長には無い。
そして、ESGで問われるのは、不祥事の際の対応と、掲げる理想や理念との一貫性である。
そんなふうに思います。
社会的責任指向のブランディングに成功するのはどの企業なのでしょうか。

マイナスをゼロにとゼロをプラスにの不連続性

マイナスをゼロにとゼロをプラスにの連続性がESG

#ESG #沈黙は容認 #沈黙は共犯 #社会的責任指向ブランディング  #日経COMEMO





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