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真夜中のドアが教えてくれたこと〜Stay with me〜

会社での昼休み中、聞き覚えのある旋律が耳に入った。

「真夜中のドア~Stay with me~」
もう40年も前の曲だ。

ちょうど中学生のころ、好きだった松原みきの代表曲。
今から思うと、いわゆる本格派女性ボーカリストの走りだったように思う。
Jazzyでパワフルな歌声とは似つかないCuteなルックスに、おませな僕は虜になった。

そして……
何よりも訝しかったのはその旋律の発信源だった。

中尾絵里。
入社5年目の女子社員だ。
彼女が鼻歌のように口ずさんでいたのを偶然耳にしたのだった。

どう考えても年代的ギャップがある。
いわゆるメジャーどころの曲ならわかるけど、僕の同世代さえ覚えてないこの曲をなぜ彼女が知っているのか?
ひょっとして親御さんが好きだったとか? いや、やっぱり僕の聞き間違えなのかも……。

僕はどうしても確かめたくて、居てもたってもいられなくなった。

しかしながら、いくら同僚とはいえ相手は20歳以上年の離れた女子社員。
どちらかというと苦手な人種。もちろん気軽に話せる関係性があるわけがない。

どうしよう……。
初めての告白をするかのごとく葛藤した。

そうこうしているうち、視線を感じたのか彼女がこちらに目を向けた。
意を決した僕は、「えーい、ままよ!」と彼女との会話に飛び込んだ。

「あっ……ごめん、中尾さん。」

「? はい? なんでしょう??」

「あのー、全然仕事のはなしとかじゃないんだけど……。」

「??」

「さっき……なんか歌というか……口ずさんてたよね。あれひょっとして……」

「えっ?? あー、ひょっとしてさっきの……【真夜中のドア】のことですか? 聞こえちゃってたんですね、恥ずかしい……。」

「やっぱりそうなんだ。でもずいぶんと古い曲なのによく知ってるね。誰かに教えてもらったの?」

「あー、今この曲YouTubeでものすごく流行ってるんですよ。特に海外ですごい人気なんです!」

「えっ!? そうなんだ?……」

そうかYouTubeか。
確かにYouTubeならわからなくもない。
古いミュージックビデオとか、著作権大丈夫?と思うくらいなんでも出てくる。

でも、流行ってるって? 海外で人気ってどういうことだろう?
その夜僕は早速中尾さんに教えてもらった動画をみることにした。

僕の目に飛び込んできたのは……
驚くことに、ビジャブ(イスラム教徒の女性が被る頭巾)をまとった可憐な女の子だった。

彼女、Rainychは世界的に有名なインドネシアのYouTuberで、彼女が発信する日本のヒット曲のカバーが空前の人気を博している。

【真夜中のドア】はそんな彼女がカバーしたことから火がついて、瞬く間に世界中の人々を魅了した。動画再生回数300万を超え、原曲は有名ダウンロードサイトの世界チャートでなんと20日間連続1位となった。

そして今や世界中の多くの若者が、オリジナリティあふれるアレンジで彼女同様この曲のカバーをアップしているのだ。

その驚愕の事実に僕は震えた。

多くの日本人が忘れかけていたこの曲が、
40年も経った今、世界で認められ大ブレイクしている。
それも日本語さえおぼつかない、異国の女の子の発信がきっかけなんて……。

そして何よりも……
2004年にこの世を去った松原みきの遺志を受け継ぐがごとく、
世界中の若者たちがこの歌を愛し唄い継いでくれていることが率直に嬉しかった。
まるで自分の青春が彼らに承認されたような、そんなこそばゆい感じがした。

次の日、興奮冷めやらぬ僕は中尾さんに動画を見た報告と、少し調子に乗ってこの曲に関するうんちくや自分の思い出などをシェアした。
正直やっちゃったかな……と思ったけど、彼女はにこっと微笑んでこう言ってくれた。
「そういう話、私嫌いじゃないですよ……。」


♢♢♢


「あっ、てつさん、この前いってたレクチャーの件なんですけど……」

「おーっ、絵里ちゃん……。えっ? なんの話だっけ?」

「えーっ!? システムAの件ですよ……。もう忘れちゃったんですか?」

あの日以来僕らはけっこう仲良くなった。
最近は仕事の話とか相談にのることも多い。

といっても、いつも彼女にペースを握られている感は否めない。
でも、娘ほど年の離れた小娘に翻弄されるっていうのも、案外心地よくて悪くない。

「そんなこと言ってたっけ? まあいいや、今週の木曜なら空いてるからちょっと話しようか?」

「了解でーす。じゃあ、よろしくお願いしますね。」


次の打ち合わせに向かう彼女を見送りながら、僕はぼんやり考えた。

自分では陳腐化したと決めつけていたことも……
実はそうでないのかもしれない……。

ひょっとすると僕が培ってきた何かも、彼女たちによってアップデートされ誰かの役に立つのかもしれない……。

押し付けることなく、自分たちが経験したものを、会得したものをナチュラルに発信していく、そんな感覚が必要なんだろうなあ……。

そして、新しい波を受けいれていく、そんな意識が大切なのかもしれない……。

僕の頭の中に、【真夜中のドア】が流れ始めた。

「やっと気がついたね……。」

空の上から、松原みきがやさしく微笑んでいるような気がした。

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