スペイン太陽海岸、アダルト達に取り囲まれた季節
クリスマスの翌日、未明にバルト海をあとにした時は、これがパンデミック前の最後の海外旅行になるとは想像もしていなかった。
久しぶりに南欧の太陽が拝めると、ストックホルム・アーランダ空港のゲートにて嬉々と搭乗を待っていた。
その時には、予約したホテルがどのようなたぐいのものであるかという懸念はそれほど脳裏を占めてはいなかった。
その日の気温は20度であった。
スペインの太陽海岸には、一年に二回ぐらいは太陽を拝みに行っている。この時はフエンヒローラという町に大晦日まで滞在する予定であった。「フエンヒローラ」と、舌を噛まずに、スペイン人に理解してもらえるようになるまでには数日間を要した。
例によって道に迷ったために、汗だくで30分間も歩き続け、ようやく近代的な高層ビルのホテルを見つけた。
ホテルを予約した時、「このホテルはアダルト・オンリーです」と注意書きがあったのが多少気になったが、地中海を真正面に臨む絶好の立地で比較的良心的価格、多少訳ありでも仕方ない、ぐらいに簡単に考えていた。
そのホテルは、懸念したとおり、けばけばしいピンクの建物であり、日本のラブホテルをほうふつさせた…
ということは一切なかった。極めて通常のホテルであった。青色が基調になっており、オフィスビルだと説明されればそうか、とも納得できるような無機質な、可もなく不可もなく、という程度のホテルであった。
チェックインの際、レセプションの若い男性はこう言った。
「ちょうどいまクリスマスの立食パーティーが始まりました。早めに行って下さい」
この15分後にアダルト・オンリーの意味が明白になることになる。
荷物を部屋に投げ入れてからパーティー会場に降りて行った。会場ではスパークリング、赤白ワイン、ビール、ソフトドリング、およびパエリア、軽食とデザートが用意されていた。
そのあとすぐに、ライブバンドとディスコの時間になった。
一体、何曲続けるつもりなのであろうと心配になったほど、ライブバンドの方達もホテルの客も踊り狂っていた。
クリスマスソングあり、ランバダにYMCA、次から次へとホテル客たちは振付けを替えて踊っていた。サンタクロースも髭を振り回して踊っている。このころはまだ初級者コースであった。
そのうち、DJも乗り始めたのか、あるいはアダルト達はまだまだ付いて来れると判断したのか、スペインロック、パンク、テクノが次々と弾み始めた。
James Brown is deadが流され、アダルト達がそれに合わせて激しく踊り始めた時は、自動心肺蘇生器が近くにあるかを思わず確認せざるを得なかった。テクノの中でもさらにハードな曲である。
私もアダルト達の輪に入って踊りたかったが、
ハイヒールでこけて初日から捻挫しても災難だ、大きい手提げバッグが邪魔だ、などの障害を理由として結局、傍から見ているだけに終わった。
すなわち、
アダルトの正体は踊りまくっているこの方々だったのだ。動画ではないため動きが不明瞭ではあるが、彼らはかなり激しく踊っている。
ホテル側の本来の意図はともかく、アダルト・オンリーと指定されてこのホテルに集まった方々がすなわち自称アダルトだったのである。すなわち、ネットで「アダルト」を検索したら出てくるようなアダルトのイメージは全く覆されたのだ。
シニア割引があるところではシニアとしての権利を主張する方々かもしれないが、彼らは正真正銘アダルトである。酸いも甘いも嚙み分けて、おそらく高度成長時代には懸命に働きつめて、今、第二のアダルト人生を謳歌している。
ワインボトルを私物化しながら踊っている人もいた。ホテルの従業員も、どさくさに紛れて踊っていた。
帰る前日になって発見したことだが、このホテルにはプール、ジャクシー、さらにはディスコも設備されていた。ロビー近くのラウンジバーには、毎晩、異なるライブバンドが来ていて、ソロ、ジャズ、クリスマスソング、オールディー等、様々がジャンルの音楽をアダルトのために奏でていた。
建物が吹き抜け構造になっているため、生演奏は各部屋のバスルームの中まで聞こえて来ていた。
ラウンジバーでは毎晩、50名ぐらいのアダルトが各々のテーブルを囲んでカーバやワインを嗜んでいる。そんな中では、ロマンスや愛憎劇などが生まれたりするのでは、と思わず想像力を逞しくしてしまう。
そして、この方々の恋愛ドラマは、あたかもフランソワーズ・サガンの小説のようなロマンチックなものかもしれない。
客層のほとんどはイギリス人であった。雨の多い本国から太陽海岸に南下したら気持ちも軟化するかもしれない。アダルトの彼らの目にはおそらく子供にしか見えない私にも親切に話しかけて下さった。
時は12月、通常では冬のまっさ中、南スペインでは、海岸の散歩道を夏服とサンダルで歩き、中国製ファッションの店で安い服を買い、シーサイドレストランでサングリア、あるいはモヒートを掲げながら日没を眺め、陽が沈んだらジャクシーで温まり、おめかししてホテルのラウンジでライブバンドと一緒に夕べを過ごす。
平和な冬のひとときであった。
日本だけではないが、老後に不安を抱えていらっしゃるかたは多いと思う。老後というステージに明るいイメージが持てない方もいらっしゃると思う。
しかし、このようなアダルト・オンリーのホテルに泊まって、たとえほんの一刹那でも第二の青春を謳歌されることが出来たなら、なんと素晴らしい人生のスパイスになろうか、と思う。
大抵の人は年を経るごとに若くなるわけではないので、私も確実に老いに向かって毎日前進している。そもそも老いの定義はいつからなのであろうか。定年退職時?、シニア割引が適用される年齢?そうだとすれば、まだ相当の年数が残っている。
敢えて言えば、自分が、老いたと宣言したその瞬間が老いの始まりなのではないかと思う。
正直に言って、それまでは老いることに対しては、漠然とした恐怖を抱いていた。
しかし、
James Brown is deadと一緒になってテクノを踊っているアダルト達、朝食ブッフェでシャンパンと苺を頬張っているアダルト達、夕食後にエルビス・プレスリー曲の生演奏と第二の青春を愉しんでいるアダルト達 彼らの、無垢で寛いだ表情を眺めていたら、このような老後なら悪くはない、と考えが改まってきた。
この次にスペインの太陽海岸を訪れる時は、ハイヒールを脱ぎ捨て、アダルト達に混じって踊り狂おう。
ご訪問有難うございました。
スペイン在住のnoteバディーを紹介させて頂きたいと思います。
オリジナル、かつ実用的な靴をデザインしていらっしゃるとても不思議で優しいかたです。
紹介させて頂いたホテルはHotel Yaramarでした。下記は単なるリンクです。
写真に写っている方がたには面識はありません。